数秒後、自分がとてつもない馬鹿だとようやく気がついて頬が熱くなってきた。
初対面ではないけれどそれに近しい相手になにを聞いているのだろう。

その証拠に一ノ瀬くんは口をぽかんと開けたまま、首の後ろを触って固まっている。
失礼極まりない馬鹿な女に呆れかえっていることだろう。


「ご、ごめんなさい」
このまま消えてしまいたかった。
もしタイムマシンがあるなら、贅沢は言わない、せめて三分前に戻して欲しい。
変なことは聞かず適当な会話をしてこの場を立ち去ることにするから。
 

もし声に色が見えていたなら、次のことばは茶色だろう。嘲笑、呆れの茶色。

「びっくりしたけど」
私が頭を下げると、一ノ瀬くんはようやく口を開いてくれた。

「どうしてそう思うのかな」
その顔に見える感情は、怒りにも呆れにも似ていない。
純粋に疑問に思っているようだった。


「どうしてって、その」 
しかしその質問には答えあぐねる。
よもや声に色が見える能力のことを説明するわけにもいかない。

ましてやあなたの声が無色で、過去無色だったひとにはひとりしか見たことがないし、そのひとは見た直後に電車に飛び込んだなんて言えるわけがない。
 

思い出してちょっと胃のあたりが重くなってきてしまった。
電車に飛び込むひとを見るなんて、一生経験したくなかった。

でも、今まで見た声に色のないひとはその人だけ。
ふらふらっと私にぶつかってきて、すみません、と消えそうな声で言って目の前で入ってきた電車に飛び込んだ。
その後しばらく夢に見たぐらいには、鮮烈で刺激が強すぎた経験だった。
 

まあとにかくそんなこと言えない。
言ったって疑われるし笑われる。世の中そんなものだ。
私だってテレビに出てくる自称霊能力者を疑ったりする。

かといって半端に言ってしまった手前どうしよう。
考えたところで妙案なんて思い浮かばない。馬鹿なのを恨む、ほんとうに。


「もしかして」
そんな私をどう思ったのか、一ノ瀬くんが口を開いた。
「君も、普通のひとには見えないなにかが見えてたりするのかな」
 
続いたことばに、今度は私の口がぽかんと開いてしまった。
言われたことを頭の中で繰り返し唱える。

君も、見えないなにかが、見えてたり。
こんなことってあるかというぐらいの的中率に身震いした。
 

しかしだからといってはいそうです、とは言えない。
 

そしてひとつ気になるのは、君も、という点。
そう言うからには、自分もそうだ、ということなのだろうか。