それから、すこしのビター


しゃりしゃりと鳴く雪の上を歩く。スニーカーが濡れていく。思わず「うへえびちょびちょ」と言いたくなる。

午後がまるっと空いてしまった。これからなにをしよう? 貴重なはずの休日は、社会人になってからのほうが使い方がわからなくなってしまったように思う。

残っている仕事を片付けようか。疲れているから寝ようか。やりかけのゲームでも進めようか。

いいや、せっかく地元に帰ってきているのだから、ここでしかできないことをしよう。親孝行でもしよう。きっと嫌がられるだろうが妹も連れて、久しぶりに家族4人でどこかへ出掛けよう。うまいもんでも食おう。きょうばかりは仕事のことは忘れて。


「――みっちゃん」


すっかり聴き慣れた、けれどもうずっと遠い声が、ふいにおれをつかまえた。思わず振り返った。

18歳の奈歩が、そこで笑っていた。


「奈歩」


18歳のおれが答える。

白すぎる指先が学ランの袖をつかむ。18歳のおれが笑い、18歳の奈歩が笑った。

降っていないはずの雪がふたりを包んでいた。白い世界のなかで、おれたちはただ無邪気に、無自覚に、幸せだった。


もう二度とは戻ってこない景色を27歳のおれが眺めている。心のなかの大切な部分がぽっかり空いてしまったような、それでいて満たされていくような気持ちだった。

雪のなかへ消えていくふたりぶんのうしろ姿を、雪など溶けかけたアスファルトの上に立ち尽くしたまま、おれは見ていた。


いつまでも、いつまでも、見ていた。







 みっちゃんへ



大好きなみっちゃん。いままでほんとにありがとう。

みっちゃんといっしょにいるとすごく楽しかった。最高におもしろかった。
そんなわたしの高校生活は99%がみっちゃんで構成されてると思うよ。ねえ、それはさすがに言いすぎかな?

あんなにたくさんしゃべってたのに、涙がでるほどふたりで笑ったこと、思い出そうとしてもぜんぜん出てこないの。おかしいなぁ。
わたしたちっていつもなに話してたんだっけ? いま思えばしょうもない、くだらないことばかりだったのかもしれないね。でもその価値のなさが、わたしにとっては価値のあることだったよ。ほんとに楽しかった。


そういえばひとつだけ謝っておきたいことがあって。

朝の電車、みっちゃんからオハヨって声をかけてもらうのが好きで、ほんとはみっちゃんが乗ってきてること気付いてるのに、いつも気付かないフリしてた。
ごめんね。うとうとしてる視界にみっちゃんのスニーカーが見える瞬間が、毎朝うれしかったよ。

7時14分発の急行電車、前から4両目のいちばんうしろのドアで待ち合わせて学校へ行くことも、もうないんだね。


でも、ほんとのゴメンはそれだけじゃない。

いっぱい困らせてごめんね。わがままも、めんどくさいことも、数えきれないほど言った。
ゴメンなんて一言じゃとても追いつかないくらい。みっちゃんはそんなの気にも留めてないかなぁ。


こんなわたしと、ずっと仲良くしてくれてありがとう。

つまらないわたしをおもしろいやつだって言ってくれてありがとう。

ささいなことでいっしょに笑ってくれてありがとう。

ほんとに、いっぱい、ありがとう。


いま、わたしとみっちゃんが立っているスタートラインは違って、これから歩んでいく道もきっと違っていて。
これからは隣にみっちゃんがいないって思うと、正直ものすごく不安だし、さみしくてつぶれてしまいそうだよ。

それでも、みっちゃんとのたくさんの思い出が、わたしの勇気そのもの。

こんなに大きな力をありがとう。


大好きなみっちゃん。

いよいよ卒業だね。おめでとう。

3年間ほんとにありがとう。


これからもずっと、大好きだよ。



 2013年3月1日

 奈歩









【それから、すこしのビター】END








はじめまして、こんにちは、夢雨と申します。

最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。


このお話は、もとは、大切な人との大切な記憶を書きとめておくつもりで始めたものでした。作中にもありますが、年々ぽろぽろと思い出がこぼれていっているのを感じて、あ、忘れたくない、どこかに残しておきたい、と思ったのです。

いちばん最初に書き始めたのは4年前だったと思います。高校を卒業してすぐくらいか、もしくは在学中でした。その後、2回は書きかけのものを作品ごと全部消したし、このお話も何度か危うく消えかけました。自分のことってほんとにむずかしいです。


高校時代のわたしはほんとうに自分ばかりでした。いつも自分のために笑い、自分のために泣き、自分のために憤っていました。ちょっとしたことで自分が世界でいちばん不幸なんじゃないかって、バカな勘違いをしていたこともあります。

そんなわたしを笑ってくれたのが、みっちゃんという人でした。

みっちゃんは、ごくふつうの男の子です。背がひょろーっと高くて身体が薄っぺらくて、ぜんぜんイケメンじゃないし、気の利いたことはしゃべらないし、へたれだし。なのになぜかものすごいウマが合う。そして、世の中の全部をたいしたことじゃないみたいに笑っている。


わたしの面倒な部分をまるごと笑い飛ばしてくれたみっちゃんを手放して、もう4年以上がたちます。正直、しんどいことにぶちあたるたび、その選択をしたのを後悔することだってあります。

それでも、がんばってる。あ、わたしがんばれるんだなあと思う。

それはきっと、高校生だった彼といっしょに過ごした毎日が、わたしのなかに確かに存在しているからなんですよね。ああ、なくなってしまわないんだ、高校生の彼からもらったものたちだけは輝きを失わないんだ、そう気づいた瞬間、わたしは本当の意味で無敵になれました。


それでもまだまだ発展途上です。


いま、わたしの傍にはいろんな人がいてくれて、いろんな縁に恵まれて、様々なかたちの優しさがこんなわたしを支えてくれています。それはきっと、彼を手放してみなければいまだにずっと見えなかったことです。

だってきっと、いまだけじゃないんですよね。あのころだって、みっちゃんだけじゃなく、両親がいて、羽月がいて、しょうちゃんがいて、ほかにも大切な人が大勢いてくれていて……。わたしは本当にいろんなものに守られていたんだなあと、書きながら気付かされました。

本当に、大バカ野郎でした。そして、誰より幸せ者でした。


もとはみっちゃんとの大切な記憶を残しておくつもりで書き始めたお話でしたが、これはわたしにとってそれ以上に大きな意味のあるものになったように思います。

苦しかったけど、書いてよかった。


本編でもこちらでも長々だらだらいろいろ書きましたが、言いたいことはたったひとつです。

ありがとう。

みっちゃんに。あのころ傍にいてくれたみんなに。いまわたしを支えてくれるすべてに。


そして、こんなわたしの思い出話にお付き合いくださった皆さまに。

伝えきれないほどのありがとうの気持ちを、あとがきにかえさせていただきます。


ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございました。



2017/7/18 夢雨

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