「古浦」

「ん」



声をかけられて、教室移動だと気がついた。

みんなが移動を始めている中、ひとりぼんやり座っていた私の机に、靖人が両手を置いている。

こいつ、学校では私のこと、苗字で呼ぶのだ。

思春期め。



「ごめん、ありがと」

「携帯は?」

「家で乾かしてる。帰ったら電源入れてみようかなって…」



ショートなんて聞いたら慎重になる。

机から必要なものを出しながら、空っぽのポケットの心もとなさを意識した。



「夏休み前にもう一個模試だろ、いい加減くたびれるよな」

「そうだったー…」



廊下に出たところで、私は教科書で顔を覆った。

もう無理。

なんかもういろいろ無理。



「どした?」

「昨日返ってきたやつ、なんでか順位が妙に悪くて」

「ああ、そりゃそうだろ」

「なにがだよ!」



ナーバスな受験生に向かって無神経なことを言う靖人に噛みつくと、「落ち着けよ」となだめられる。



「部活も引退する時期だし、みんな本腰入れて勉強しはじめてんだよ。お前の成績が下がったわけじゃなくて、みんなが上がり出してるんだろ」



あ…。

なる…ほど?



「つまり?」

「順位より、どこを間違ったのかきっちりさらえってことだよ。ちゃんと勉強してるんなら、内容はそう悪くないはずだぜ」



右手に持った教科書とノートで、トントンと自分の肩を叩きながら、なんでもないふうにアドバイスをくれる。

昨日から張りつめっぱなしだった心が、急に崩れた。