母が亡くなったのは、兄が高校1年のときだ。
その時点で彼は、もう自分が受験をすることはないとわかっていたに違いない。
まだ中学にも上がらない私を抱えて、家のこともお金のことも妹のことも考えなきゃならなくて、自分を後回しにすると決めた兄。
大学に行きたかったと思う。
私たちの父は銀行マンだった。
画用紙で作った鞄とネクタイで、その父の真似をして並んでいる小さな兄の写真が残っている。
卒業して4年もたつのに、こうやって高3の勉強を見ることができるなんて、当時どれだけ真面目にやっていたかの証拠だ。
受験という目的もなかったのに。
いったいどんな気持ちで、毎日高校に通っていたんだろう。
「でもこれは、目的語が名詞の場合のときだけで…っておい、聞いてるのか」
「聞き惚れてるよ」
「落ちるぞ」
「それだけは言わないでえ!」
「泣くくらいなら勉強!」
「してるって、ばっちりなんだって英語を除けば」
「それはばっちりとは言わない」
「鬼!」
半分くらい本気で罵る私を、兄は笑ってからかった。
■
「1年のときのサイドリーダーって持ってる?」
「いやー、捨てたなあ、なんで?」
昼休みにみんなとバスケに行こうとする靖人を引き止めて訊いた。
「そこからやり直せってお兄ちゃんに言われてさ、教科書とノートはあったんだけど、サイドリーダーがなくて」
「誰か持ってんじゃね? おーい」
ボールをぶつけ合いながら出て行こうとしていた男の子たちに、靖人が声をかけた。
「俺持ってるから、あげるよ」
「いやでもお前、英語できるじゃん? もっとバカな奴のほうが保存状態いいと思うんだよね、お前とかどう」
「お察しの通り、新品同様だったから売ったわ」
「売れんの、あれ?」
その時点で彼は、もう自分が受験をすることはないとわかっていたに違いない。
まだ中学にも上がらない私を抱えて、家のこともお金のことも妹のことも考えなきゃならなくて、自分を後回しにすると決めた兄。
大学に行きたかったと思う。
私たちの父は銀行マンだった。
画用紙で作った鞄とネクタイで、その父の真似をして並んでいる小さな兄の写真が残っている。
卒業して4年もたつのに、こうやって高3の勉強を見ることができるなんて、当時どれだけ真面目にやっていたかの証拠だ。
受験という目的もなかったのに。
いったいどんな気持ちで、毎日高校に通っていたんだろう。
「でもこれは、目的語が名詞の場合のときだけで…っておい、聞いてるのか」
「聞き惚れてるよ」
「落ちるぞ」
「それだけは言わないでえ!」
「泣くくらいなら勉強!」
「してるって、ばっちりなんだって英語を除けば」
「それはばっちりとは言わない」
「鬼!」
半分くらい本気で罵る私を、兄は笑ってからかった。
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「1年のときのサイドリーダーって持ってる?」
「いやー、捨てたなあ、なんで?」
昼休みにみんなとバスケに行こうとする靖人を引き止めて訊いた。
「そこからやり直せってお兄ちゃんに言われてさ、教科書とノートはあったんだけど、サイドリーダーがなくて」
「誰か持ってんじゃね? おーい」
ボールをぶつけ合いながら出て行こうとしていた男の子たちに、靖人が声をかけた。
「俺持ってるから、あげるよ」
「いやでもお前、英語できるじゃん? もっとバカな奴のほうが保存状態いいと思うんだよね、お前とかどう」
「お察しの通り、新品同様だったから売ったわ」
「売れんの、あれ?」