言ってから、おや…と気づく。



「”誘い”ってなに?」

『俺ほどの男がこの時期にヒマそうにしてるのを、見逃す女ばっかりじゃねえってことだよ』

「え、え、なにそれ、健吾くんてそんなもてるの?」

『仕事戻るわ、じゃあな』

「待ってよ!」



無情にも通話は切れた。

なんだこれ!


見逃されないとどうなるの?

美菜さんみたいな女の人が、ほかにもいっぱいいるってこと?

なにするかわかんないって、たとえばなにするの?


頭の中に、健吾くんが華やかな女の人に囲まれて、まんざらでもなさそうにしている図が浮かぶ。

うう、ひどい妄想の中でもかっこいいな、健吾くん…。

がんばれと言っておきながら、受験生をこんな心理状態にしていく健吾くんが憎い。


そこで料理の途中だったことを思い出して、急いで台所に戻った。

今日も一日勉強だから、ブドウ糖補給のために根菜たっぷりのお味噌汁だ。

豚肉入りで、ビタミンB2も補える。

要するに豚汁だ。

お味噌を溶いているところに、兄が仕事から帰ってきた。



「はあ、寒かった、いい匂いだなあ」

「食べるでしょ?」

「うん」



鼻の頭を赤くしてうなずく。

洗面所に行く途中、ダイニングのテーブルの上に置いておいた模試の結果をひょいと取り上げた。



「英語、ものになってんじゃん」

「うん、安定してきた」

「さすが俺の妹だな」

「今日、願書書こうと思うんだけど、緊張するから一緒に書いて」

「二人羽織でもするのか?」

「そばにいてってこと!」

「わかったよ」



ガスコンロの前にいる私の頭を、笑いながら叩く。

その手が、くしゃくしゃと髪をかき混ぜた。



「なに?」

「俺のエゴも半分あるのに、文句も言わずに、ありがとな」