霞がかかったような意識の中、兄が帰ってきた気配を感じた。

ということは、もう真夜中だ。

暑かったり寒かったりが繰り返すので、忙しく布団をはいではかけ直し、身体の痛みが軽いときを狙って点々と眠る。

要するに、すっかりぶり返してしまった。


約束通り、一緒にいる間は携帯を預けないと、と考えているうちに意識は遠のき、次に気づいたときには、枕元の携帯はなかった。

手足を投げ出して天井を見上げながら、身体のしんどさと汗の不快さをはかりにかける。

不快さが勝ち、シャワーを浴びることにした。


手すりにすがって1階に下りると、明かりのついていないリビングから、ぼそぼそと人の声が聞こえる。

またどっと汗をかいてから、兄だと気がついた。

薄く開いたドアからのぞくと、非常用のフットライトに、足元だけを淡く照らされて、ソファで片脚を抱えるようにして電話をしている姿が見える。


なんだよ、びっくりさせないでよ、もう。

胸をなでおろして、お風呂場に向かおうとしたとき。



「うん、悪いけど、もうしばらく待ってな」



聞こえてきたのが、あんまり優しい声だったのでつい足を止めた。



「わがまま言ってくれても嬉しいけど、俺は」



わあ、なんか恥ずかしいこと言ってる!

この様子は、相手、真由さんだな。

ひとりで顔を赤くしながら、初めて聞く兄のそんな会話に、悪いと思いつつも耳を澄ましてしまう。


ソファのきしみと一緒に、カランと涼しげな音がする。

お酒を飲んでいるらしい。

珍しいな。



「そう、そうなんだよね」



夜遅くに、恋人同士がそっと交わす会話。

いいなあ、とくすぐったくなりながら、どこで退散しようかなんて考えていたんだけれど。



「親から預かった、大事な妹だからさあ」



その言葉に、えっと我に返った。

あれ、私の話?



「大学出るまでは、俺が責任もって面倒みたいんだ」