結局私はトイレには行かず、人のあまり来ない旧館への渡り廊下で適当に時間を潰して、ぎりぎりの時間に教室にすべりこんだ。

気づいた遥が駆け寄ってきて、「遠子、どこに行ってたの?」と声をかけてきた。


「トイレに行ったらいなくて、周り探してみたけど見つからなかったから、どうしたんだろって思ってた」

「あ……ごめん」

「いやいや、いいんだけど。もしかして具合とか悪くなったのかなって……」


心配そうな遥の顔を見て、急激に申し訳なさが込み上げてきた。

私は自分のことしか考えていなくて、遥が私を探すかもとか、姿を消したら心配するかもとか、そんな当たり前のことすら思いつかなかったのだ。


「ほんとごめん、遥。探したよね……」


そこでチャイムが鳴ったので、遥は「大丈夫ならいいんだ、じゃあね」と笑いながら自分の席へと戻っていった。


胸がずきずきと痛む。

あんなふうに私を気づかってくれる遥を、私は実は裏切っているのだ。

遥の好きな人とこそこそ会って、距離を縮めているのだ。


抜け駆け、という言葉が頭から離れなくて、苦しかった。


なんとか五十分間の授業を乗りきり、終わりのチャイムでほっと力を抜いたとき、びっくりする出来事が起こった。


「遠子ちゃん」


いきなり背後から名前を呼ばれたのだ。

反射的に振り向くと、笑みを浮かべた彼方くんがいた。