校門へと向かっていく香奈の後ろ姿を見ながら、鳴り止まない鼓動を落ち着かせるために、大きく深呼吸をする。


視界のはしに、宙を舞う彼方くんの姿がうつった。

やっぱり、綺麗だ。

でも、とても遠い。


そうだ。


遠かったはずなのに、

遠くから見ているだけにしないといけない、と分かっていたはずなのに。


夏の幻みたいに、彼が近づいてきたから。

彼との距離が縮まってしまったから。

彼と言葉を交わして、笑い合ってしまったから。


私は勘違いをしてしまった。

夢を見てしまった。


でも、もう夏は終わる。

夏の幻も、もう終わりだ。


香奈の言葉で、全身に冷水を浴びせられたように一気に目が覚めた。

はかない夢から覚めた。


もう現実に戻らないと。

この想いは、胸の奥底へと沈めて、秘めておかないと。


忘れかけていた自分への戒めを、私は久しぶりに何度も自分に言い聞かせた。


その日はもう彼の姿を一度も見ないまま、陸上部の練習が終わる前にすべての作業を終えて美術室を出て、そのまま校門から飛び出した。