「……ちょっと。なによ、今の」


ふわふわとした幸福感に包まれていた私の耳に、突然、冷ややかな声が忍び込んできた。


驚きで肩が震えて、その冷たさに心臓が跳ねる。

その声には聞き覚えがあった。


おそるおそるそちらに目を向ける。

グラウンドと美術室の間にある大きな樹の陰に、腕組みをした香奈が立っていた。


見られていたんだ、と分かって、全身の血が一気に引いたような気がした。

どくっどくっ、と心臓が嫌な音を立てる。

冷や汗が額に滲むのを自覚した。


「……香奈。おはよ。珍しいね、夏休みに学校に来てるの」


なんとか平静を装うために、表情を取り繕ってそんな世間話をふってみたけれど、香奈は険しい表情のままだ。


「担任に進路面談で呼ばれたから。……ていうか、ねえ、さっきの、彼方くんだよね?」

「え……うん」

「は? どういうこと?」


聞いたこともない声だった。

香奈はいつも高くて甘い声をしているのに、今日は低くて温度のない声だ。


怒ってるんだ、と私は思った。

香奈は遥のことが大好きで、私のことは少し疎ましく思っているようだ、というのは何となく感じていた。

その香奈に、彼といるところを見られてしまったなんて。