私の答えを聞いて、彼方くんが目を丸くした。


「でもさ、それって、苦しくない?」

「苦しいよ。苦しいけど……」


うまく掛けなくなることは、今まで何度もあった。

そういうときは絵の具を見るのも嫌、と思ってしまいそうになるけれど。


「うまく描けなくて苦しくても、思ったように描けなくて自分が嫌になっても、とにかくキャンバスに向き合って、筆を握って、何か描くことにしてる」


この席に座って、窓の外を見ながら。

それはさすがに言えなかったけれど。


しばらく黙っていた彼方くんが、「そっか……」とぽつりと呟いた。


「苦しくても、嫌になっても、とにかくやる、か」


繰り返すように言った彼方くんが、くすりと笑みを洩らす。


「遠子ちゃん、すごいな。なんか、うん。目が覚めたよ」


え? と訊き返したら、彼方くんが「実は」と話し始めた。


「最近ちょっとスランプ気味で。八月初めの大会の時は、すごく調子良かったんだけど……」


そうだ。確かに彼方くんはその時の大会で入賞したと言っていた。


「でも、お盆明けくらいからかな。なんか急に調子が悪くなっちゃってさ。自己記録が更新できないどころか、今まで簡単に跳べてた高さで失敗するようになって……」


彼方くんが少し振り向き、グラウンドのほうを見つめた。

横顔が午後の白い光に照らし出される。