「今日は何描いてるの?」


唐突に真横からかけられる声にも、もうさほど驚かなくなった。

それでも、胸が高鳴ってしまうのだけは、どうしようもない。


「……花瓶の絵の続き」


気分の高揚を知られないよう、私はできるかぎり平静を装って答える。


「昨日は海岸のほう描いてたよな。交互でやるもんなの?」

「ううん、昨日、遅くまで描いてたから、まだ絵の具が乾ききってないから」

「あ、そっか。なるほどな」


ふうん、と言いながら、彼方くんはいつものように窓枠に頬杖をついた。


彼方くんが動くたびに陽射しの加減が変わって、キャンバスに複雑な陰影ができる。

すこしはねた彼の毛先の影に添うように、私は絵筆を走らせた。

彼方くんの影に、彼方くんの笑顔のような鮮やかな黄色をのせていく。


真っ白な花瓶に生けられた向日葵の花。

昨日までの下塗りで全体に薄い色を塗ってある。

今日は濃い色を使って本格的に形をとりはじめる予定だ。


「油絵ってさあ、なんか、途中だと何描いてるんだかよく分からないもんなんだな」


彼方くんが不思議そうに首を傾げながら言った。

私は頷いて、手を動かしながら答える。

本当は目を見て話すべきかも知れないけれど、彼は絵を描く過程を見るのが好きらしいので、彼が見ている間はなるべく手を止めないようにしていた。