そのまま彼方くんが無言になったので、沈黙が訪れる。


大きな窓から射し込む光。

きらきらと輝く小さな埃。

油絵の具のにおい。

描きかけのキャンバス。

床に落ちる彼方くんの影。

背後からの光に透ける、日焼けして茶色くなった髪。

まだ少し震えている指。


静かで優しい無音の空間は、おどろくほどに心地よかった。


「おーい、彼方! 先生が探してる」


二人だけの沈黙が、突然の声に破られた。


窓の外に立って美術室の中を覗きこんでいた彼方くんが、弾かれたように顔をあげた。


「あ、やべ。練習後に呼ばれてたんだった」


しまった、と照れたような笑みを浮かべて、彼方くんが片手をあげた。


「描いてるところ邪魔しちゃって、ごめんな。じゃあ」


そのまま手を振り、踵を返す。

ばいばい、と小さく手を振り返したとき、彼方くんがぱっと振り向いて、「またな、遠子ちゃん」と笑った。


グラウンドへと駆け戻っていく背中を見送る間は、なんとか持ちこたえた。

でも、彼の姿が体育器具倉庫の陰に消えた瞬間、私は腰が抜けたようにその場にへたりこんでしまった。


「……うそ。これ、夢?」


ほっぺたでもつねりたい気分だったけれど、そんな力さえ湧いてこなかった。