遠子、という名前は、昔からあまり好きではなかった。


気に入らないとか嫌いというわけではないけれど、『子』がつくのは昔の名前という感じがして、小さい頃は『おばあちゃの名前みたい』と言われたりしていた。

それが恥ずかしくて嫌だったのだ。


遥や香奈や菜々美のような、現代的な女の子らしい名前を羨ましいと思っていた。



それなのに、たった一言で、こんなにも世界は変わるなんて。

彼方くんが『可愛い名前』と言ってくれただけで、一瞬にして私はこの名前が誇らしくなったのだ。


お父さん、この名前をつけてくれてありがとう、なんて現金なことを思う。


「……ありがとう」


小さくお礼を言うと、彼方くんがにこっと笑った。


ああ、好きだなあ、この笑顔。

屈託がなくて、雲ひとつない青空みたいに澄みきった笑顔。

見ているだけで心が綺麗に洗われて、軽くなるような気がした。

好きだ。本当に、心から。


そう思ってしまってから、私は慌てて気を引き締めた。


こんなことを考えるのはやめよう。


「なあ」


彼方くんに呼ばれて、私の思考は現実世界に戻ってきた。


「せっかく可愛い名前だからさ、下の名前で呼んでいい?」


その言葉の意味を理解するまでに数秒かかって、それから私は「へっ?」と間抜けな声をあげた。