何を言っているんだろう、と不思議に思って見ると、彼は真剣な表情で私の絵の、キャンバスの右下の辺りを凝視していた。


「とこ……とーこ?」


少し考えて、気がつく。

その絵には、『Toko』と下手なサインが入れてあったのだ。


深川先輩が自分の作品には必ず『Seiji. F』と流れるような筆記体のサインをいれていて、それの真似をして書いたものだった。


恥ずかしさに顔から火が出そうになる。


「いや……ええと、それは……」


声をしぼりだしたのはいいものの、後に続く言葉が何も思いつかない。


格好つけてサインなんか入れた二ヶ月前の自分を心から恨んだ。


「あっ、もしかして、名前?」


彼方くんがぱっと顔をあげる。

その瞳はきらきらと輝いていた。


「とーこって言うの? 望月さんの下の名前」


うん、と頷いてから私は俯いた。

顔が燃えそうに熱い。


「どんな漢字?」

「……遠い子って書いて、遠子」

「へえ、珍しいな」


言われ慣れているので、いつものように「うん、変だよね」と答える。

すると、すぐに「変ではないよ」と返ってきた。

驚いて目を向ける。

そこには、憧れつづけた晴れやかな笑みがあった。


「可愛い名前だな」