夢中になって絵を描いていた。


だから、気づかなかった。

すぐ横にある窓の外に、人影が立っていることに。


「うわ」


キャンバスとパレットと絵の具しか見えていなかった世界に、突然そんな声が入り込んできて、私は飛び上がるほど驚いた。


反射的に振り向き、窓の外に視線を向ける。

そこには、真っ白なTシャツを着た彼方くんが立っていた。


「え……、えっ」


間抜けな声が唇から洩れる。

青い絵の具をのせた平筆を握りしめたまま、私は呆然と彼の姿を見つめた。


でも、彼方くんの視線は私ではなく、私の前のキャンバスに注がれている。


「それ、望月さんが描いたんだよな? 凄い、めっちゃ上手いじゃん。マジで凄え」


彼の顔は真剣で、からかっているようでも、冗談を言っているようでもなかった。

だからこそ、どうすればいいか分からない。


何も言えずに黙り込んでいると、しばらくしてから彼方くんがこちらに顔を向けた。


「あ、ごめんな、急に。失礼だし、びっくりさせちゃったよな」


ばつの悪そうな顔で微笑みかけられて、私はやっと金縛りがとけたように首を横に振った。


「ううん……全然、大丈夫」

「そう? それなら良かったら」


彼方くんが窓枠に頬杖をついて、太陽を背負ってにっこりと笑った。