男子たちにからかいの眼差しで見られていた彼方くんは、少し困ったように笑ってから、またこちらを見た。


「遥ちゃん」


廊下から教室の中へ、すっとなじむような声が響いた。


遥が「へっ」と声をあげて肩を震わせる。


彼方くんが、遥を呼んだ。

頭の中が真っ白になる。


「さっきはありがとな」


よく通る声でそう言って、柔らかい表情で微笑むと、ひらひらと手を振りながら彼方くんは去っていった。


彼らの声が聞こえなくなった瞬間、遥は両手で顔を覆い、「ひゃああ」とこぼしながら崩れ落ちた。

私は慌ててその華奢な肩を抱いて支える。


遥は「ごめんごめん、大丈夫」と言ったけれど、その顔は真っ赤で、足もともおぼつかなかった。


「どうしよう……彼方くんに呼ばれちゃった、遥ちゃんって呼ばれちゃった。しかもありがとうって言われちゃったよ。ああもう、やばい、心臓痛い、嬉しすぎて震えるよー」


遥の混乱ぶりを見て、香奈が「どんだけー? 喜びすぎでしょ」と笑った。


でも、私には遥の気持ちが分かる。

痛いほど分かる。


ただ遠くから見ていることしかできなかった憧れの人と、真正面で向き合って、言葉を交わして、微笑みかけられるということが、どれほど嬉しいか。


悲しいほどに、分かってしまう。