「遠子」


いきなり、呼ばれた。

全身が震える。


ゆっくりと振り向くと、そこには微笑む遥が立っていた。


「……遥」


声が震えた。

でも、彼女は気づいた様子もなく私の背中をぽんっと叩く。


「何してるの? 次、体育だよ。早く更衣室、行こ」

「……うん」


遥が私の腕に手を絡ませ、導くように歩き出す。


「どうだった? αの授業は。やっぱ難しかった?」

「うん……」

「だよねー、そりゃそうか。あっ、彼方くんは? どうだった? って訊かれても答えにくいよね、ごめんごめん」


遥が頬をピンク色に染めながら笑う。


その瞬間、言葉にならないほどの罪悪感が込み上げてきた。


――ごめん。ごめんね、遥。


彼方くんのことを、好きだなんて思ってしまって。

彼方くんに助けられて、彼方くんに微笑みかけられて、泣きたいほどに嬉しいなんて思ってしまって。


本当に、ごめんなさい。

私を救ってくれた遥を裏切るような真似をして。


もう彼のことは忘れるから。

彼への恋心は消してしまうから。


だから、どうか、許して。


私はもう二度と、彼に近づいたりしない。