授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。

先生が教室を出ていくと、私は教材を持って立ち上がり、後ろの席に向かう。


悩んだけれど、このまま何も言わずにクラスに戻るのは、逆に不自然な気がした。

だから、彼に声をかけると決心したのだ。


「……あの」


声は小さすぎたし、震えてしまったけれど、彼方くんは気づいて振り向いてくれた。


「ん?」


首を傾げて私を見下ろす彼方くん。


こんなに近くで彼を見たのは初めてだった。

今までは、すれ違うときなどは俯いて、彼の顔を見ないようにしていたから。


近くで見ると、日焼けした肌は想像していた以上に滑らかでつやつやしていた。

そして、湧き出る泉のように澄んだ綺麗な瞳。

その瞳がじっと私を見つめている。


緊張しすぎて上手く声が出てこない。

心臓の音がうるさくて、耳さえ聞こえないような気がした。


でも、このまま黙っていたら変なやつだと思われる、と自分を叱咤激励して、なんとか言葉をひねりだす。


「さっきは、助けてくれて、ありがとう」


言うべきことをちゃんと言えた、とほっとしたのも束の間。


初めて会話をするのに、名乗るのを忘れてしまった、と気がついた。

彼は私のことなんて知らないのに、いきなり名前も言わずに声をかけたら、不自然に思われてしまう。