私はいつものようにキャンバスの前に座っていた。


ずっと描きかけのままにしていた絵。

一度は白く塗りつぶしてしまおうとしていた絵。


上の方には白い絵の具が塗りたくられていて、不格好だった。


「ごめんね……今からちゃんと描き直すから」


私は大切な絵にそっと指先で触れ、謝った。


そこからは夢中だった。


あのとき見た、息をのむほど美しい景色を、このキャンバスの上に再現したい。


その一心で、私は筆を動かし続けた。


絵を描くということは、自分の心に深く突き刺さった美しいものを、誰かに伝えるために形にするということだと思う。


それは、風景だったり、誰かの表情だったり、もしくは誰かの優しさのような形のないものだったりする。

そういう形のないものでも、絵の具とキャンバスがあれば、描くことができるのだ。


色や線を与えて、形にすることができるのだ。


私が今描こうとしているのは、彼方くんと、彼方くんへの想いだ。


これをうまく描けたら、きっと、私の想いが伝わるはず。

自分の気持ちをうまく言葉にできない私でも、伝えることができるはず。