それに気がついた瞬間、私は弾かれたように後ろへ下がった。


「……遠子?」


彼方くんが悲しそうな顔をする。


そんな顔をさせたかったわけではない。


でも、彼の言葉の続きを聞きたくなかった。

聞いてはいけないと思った。


黙っていたら、彼方くんがゆっくりと口を開いた。


「なんで俺の絵を描いてくれたの? 俺のこと……だからじゃ、ないの?」


一番大事なところで、彼の声が震えてしまって聞き取りにくかったことに安堵する。


だから私はわからないふりができた。


わからないふりをしたまま、私は答える。


「彼方くんの、身体が、好きなだけ。跳ぶ時の姿勢が綺麗だと思ったから、描いた。それだけ」


なんとか、笑えた。

頬はまだ冷たかったけれど。


「それだけ」


もう一度くりかえして、私は美術室を飛び出した。



さよなら、彼方くん。


もう会わない。

もう会えない。


絵を見られてしまったから。

もう隠し通せる気がしないから。


だから、もう、会わない。