「だからあんな高校に行かせたくなかったのに」
「……あんな高校って」
「あんな高校じゃない! 低レベルで、みんな見かけばかりのちゃらちゃらした子ばかり! れーちゃんならもっと上の高校に通えたでしょう!」
ああ、もうまたヒステリーか。
うんざりした顔を母に見られないように先を歩いてソファに腰を下ろした。するとすぐに「みっともない!」と開いていた足をぺしりと叩かれる。
「本当に! あの根岸とかいう男の子なんかと一緒にいるから!」
「根岸は関係ないだろ」
「昔はママに口答えだってしなかったのに! 中学に入ってあの子と仲良くなってから毎日遅く帰ってくるようになって……いやらしい!」
とうとう母のヒステリーにスイッチが入ってしまった。
母は根岸のことを嫌っている。
自分の子供が変化をした中学時代、常に一緒にいたのが根岸だったからだ。
根岸のせいで今までいい子だった子供が〝出来損ない〟になってしまったと思っているのだろう。オマケにあいつは目つきがが悪い。母からすれば素行の悪い問題児にしか見えないのだろう。
そうじゃないのだと何度説明しても聞く耳を持たない。母は母の思うことしか信じない。そういうところは夫婦でそっくりだ。
「ママは、ママはこんなに」
「悪かったよ……ママ」
「こんなにれーちゃんのことを考えているのに。ママにはれーちゃんしかいないのに……れーちゃんを誰よりも愛しているのはママなのに」
ごめんごめん、と心のこもっていない謝罪を繰り返す。
ごめんごめんごめんごめん。
何度口にしたって伝わらないことはわかっている。
こうなってしまった母にはどんな言葉も響かない。ただ〝ごめん〟と言っていればこれ以上悪化しないっていうだけだ。
ごめんごめんごめんごめん。
蝉みたいに同じことを繰り返すのは自分も一緒か、としょうもないことを考えた。
母はずっと瞳に涙をためていかに子供を愛しているか大事にしているかを訴えている。
昔は母がこうなるのは自分が悪いのだと思っていた。
母の愛情に鈍感な自分がいけないのだと信じていた。
信じていたかった。
だけど、そうじゃなかった。
母は意志のない人形のような子供を欲しているだけなのだ。自分の意見を持たず、母の言うことをただハイハイと聞くだけのお人形さんを望んでいる。
それに気づいて、母の言いなりになること、母が望む子供になることをやめようと思った。
けれど、結局こうして母を宥める自分に反吐がでる。高校卒業後の自分のためだと言い聞かせ、できるだけ事を荒げないようにしているのだけれど、こうしょっちゅうとなるとうんざりだ。
だから女は嫌だ。
弱くて狡くて醜い。
それを盾にして人を責めることに長けている。
人と比較して優越感を得ようとする。
——あの、名前も知らない女のように。