「どうして遅くなったの」
「暑かったからのんびり帰ってきた」
「電話くれたら迎えに行くのに」
「いいよそんなの」

母を通り過ぎてリビングに向かう。背後から母が着いてくるのがわかる。

「なにかあったらどうするの」

なにかあったときに、父から『お前がちゃんと見ていないから』と怒鳴られるのが嫌なだけだろう。

「だからバイトなんて反対したのよ」

母は当初からバイトをすることに猛反対をしていた。
最終的に父が了承したことで母も渋々受け入れたけれど、今もよく思っていない。

そこそこ金持ちの田舎の家の箱入り娘の母は、バイトなんて不良のするものだと思っているらしい。時代遅れもいいところだ。

眉間に皺を寄せて見つめてくる母の視線は、ドロドロに溶けた水飴みたいに絡みついてくる。ベトベトして気持ち悪い。

「ねえ、れーちゃん。もうバイトなんてやめたらどう?」
「……その話はもう散々しただろ」

少し感情を込めた声になってしまうと、母の顔がみるみる不機嫌そうな表情に変わっていく。

それを見てごめんごめん、と軽く謝罪をしながら、自分がなにに対して謝っているのかわからないなあと思った。

「本当にれーちゃんは、親の気持ちを理解しないんだから……」

十七歳になった子供を未だに〝れーちゃん〟と呼ぶ母は、一体子供になにを求めているのだろうか

「お小遣いだって十分にあげているでしょう? なんでバイトなんかするの。しかもコンビニなんてどんな人が来るのかもわからないのに」

深夜バイトをしているわけでもないし、何度納得させても事あるごとに同じ不満を口にする。

「夜道にひとりで帰ってくるなんて危ないでしょう」

まだ七時だ。遅い日だって九時には帰っている。
それに、襲う人だって相手くらい選ぶ権利はあるのだ。

わざわざこんなややこしそうな学生を狙うことはないはず。もちろん、だからって安心しているわけではなく気をつけている。なにかあったら、怒られるのは自分なのだから。

「れーちゃん」
「れーちゃん」
「ねえ、れーちゃん」

ああ、うるさい。うるさいうるさい、うるさい。蝉よりもうるさい。

毎日毎日、同じことを言われてうんざりだ。