けれど、こいつを放っておけないと思った。
顔がすごく好みだったから、というのもあるかもしれない。
長いまつげも、大きすぎない目も、色の白い肌も、さらっさらの黒髪も、細くて長い指先も。まるでマンガや小説から飛び出てきたような美しさだった。
クラスにも学校にも、あんな奴はひとりだっていなかった。目を離した隙に消えるように死んでしまいそうな儚さが、観月の美しさを一層引き立てているのかもしれない。
けれど、それだけじゃない。
あの醜い傷跡や観月の話から、ワケありであることには間違いない。
おそらく、自分の家庭環境とは比較にならないような体験をしているだろう。
そんな観月と一緒にいれば、自分はまだマシなんだ、今の状況は些細な事だ、と思えるから。そして少なからず共有できるなにかがあるんじゃないかと、そう感じたから。
今まで、そんな奴は周りにひとりもいなかったんだ。
ほんの僅か寄り道しただけなのに、家についた頃には日が沈んでいて景色は随分闇に包まれていた。
携帯を取り出し時間を確認すると家からの不在着信が五件も入っていた。留守番電話も残されているらしい。
家まではあと五分程で着く距離だ。今、電話やメールをするよりも気づかなかったことにしておくほうがいいだろう。
そう思い携帯をしまって足早に家に向かった。
「ただいま」
ガチャとドアを勢いよく開けて玄関に入ると、母が「遅かったのね」と心配そうに告げながら出迎えに来た。たかが十分程度遅くなっただけじゃないか、と悪態をつきたくなるけれど、それをぐっとこらえる。
「遅いから電話したのに出なかったからなにかあったのかと」
「ああ、そうなんだ。ごめん気づかなかった」
わざとらしくポケットから携帯を取り出して今知ったかのような顔をしてみせた。
四十半ばを過ぎている母は一見三十代に見える。
それは母の仕草や性格のせいだろう。
拗ねて口を尖らせる仕草、眉を下げて人を上目遣いに見るところ、父に、子供に依存する質。ひとりきりじゃ寂しくて死んでしまいそうにか弱い、いつまでも〝女の子〟の母。
そう、母は〝女の子〟なのだ。母は今もおままごとをやっていて、子供のことを人形のように思っている。
そう感じる度にいつも嫌悪感で胸が気持ち悪くなる。
心を落ち着かせるために鼻からすうっと空気を吸い込んで細く長い息を吐き出した。