しばらくの間、遠山はなにも言わなかった。

そして、どのくらい無言だったのかわからないが不意にぽつりと、なにかを口にした。

よく聞き取れなくて「なに?」と聞き直すと、今度はさっきよりもハッキリとした口調で答えてくれた。


「死に損なった、証」


根岸がこいつのことを〝ワケあり〟だと言っていた。
それは正しかったのだろう。

『死に損なった』なんて言い出すくらいだ。
それは、死んだほうがよかった、と思ってるってことじゃないだろうか。

おまけにこんな場所でずっとひとりで時間を潰しているのだから家庭環境も複雑そうだ。

遠山はそれ以上なにも言わなかったし、なにか返事や反応をもらうことも期待しているようには見えなかった。

瞬きをしている間に消えてしまいそうな儚さが、こいつにはある。

それは、今も死にたいと思っているからなのだろうか。いつの傷か知らないけれど、そのときに死んでしまえばよかったのに、とずっと思っているのかもしれない。

「出来損ないと、死に損ない、か」
「……え?」

ぽつりと独りごちると、遠山が顔を上げる。

「別に」

そう言ってすっくと立ち上がり、遠山を見下ろしながら「下の名前なんだっけ、お前」と問うた。

「み、観月……」
「ああ、そうだ観月だ。なあ、観月って呼んでいい?」
「あ、う、うん! え、えっと……」
「蓮でいいよ。みんなそう呼ぶから。今日はさっさと帰んないといけないから、またな。お前もさっさと帰れよ」

手を軽く上げて「じゃ、学校で」と言葉を付け足すと、遠山――観月の口元が緩むのがわかった。さっきまでのぎこちないものではなく、思わず綻んでしまったような自然な笑みだ。

目元は見えないけれど、きっと笑っている。

「う、うん! き、気をつけて、れ、蓮!」

さっきまでと違う明るい声色にこっちまで顔が綻んでしまった。

なにに対して観月がそこまで嬉しそうにするのかはよくわからないけれど。

今までどんな生活を送ってきたんだろう、こいつ。相当悲惨な人生だったんじゃないだろうか。

今までならば、観月みたいな奴とはあんまり関わりたくないと思っただろう。自分のことで精一杯な毎日だ。他人の事なんて気にしていられない。それに、あいつと気が合うとも思えない。