心臓を爆発させそうにあたしの真ん中でバチバチいってたワクワク感は一気にはじけて、気の抜けたコーラみたいな無味乾燥な時間が過ぎていく。鞠子も明菜も増岡たちも、誰も何も今朝のことを言ってこない。明菜たち三人組はあからさまにあたしから距離を置いていた。目の前で繰り広げられるハイテンポな会話はあたしが話に入っていくことを固く拒んでいて、かろうじてあたしはみんなにくっついてることを許されている、そんな感じ。

 屈辱的だ。こんなに可愛いあたしが、いつもみんなの中心にいなきゃいけないあたしが、明らかにあたしより「下」で顔も胸も劣っている明菜たちにバカにされるなんて。

 女友だちといても楽しくないから昼休みは増岡と話した。今朝、あたしのことは見向きもせず落ちていた消しゴムでも拾うように窓からウンコを捨てた増岡は、昨日までと変わらず接してくれる。あたしはこの教室で一番可愛いんだもん、誰よりも「上」なんだもん。

そんなアピールを込めて自然と笑い声が大げさになった。やがて小松崎と山吹と黒川が話に加わってくる。教室内でよく目立っていてひそかに憧れてる女子も多い男子たちに囲まれてると、気分がいい。

ハイレベルな男子に囲まれるのはハイレベルな女子しか許されないことなんだから。話題は先生のうちの誰々が結婚してるとか子どもがいるとか誰と誰とがデキてるとか、本当にどうでもいいことばっかりだったけれど、あたしが増岡たちといることが、増岡たちに囲まれてる姿をこみんなに見せつけることが重要だった。

 途中までは楽しかったのに、しばらくするとトイレに行っていたらしい明菜たちが戻ってきてしまう。話の中心はごく自然に三人組に移り、賑やかなみんなに追いやられたあたしはいつのまにか輪の隅っこにいた。合わせて笑うのも相槌を打つのもキツくて、携帯を取り出す。本当は携帯に用なんかない。それでもさりげなく無視されている屈辱をごまかそうと、既に一度見たメールを読み返すという意味のない作業をしてしまう。

「栄嗣んとこ言ってくる」

 そう言って立ち上がっても、いつもみたく明菜がわぁ逢引だってさー、ってはやしたり、増岡に学校の中でいちゃつくなよーってからかわれたりしない。かろうじて鞠子が短く「いってら」と言っただけ。

 好きな人に会いに行こうとしているのに逃げてるみたいな早足になったけど、栄嗣に会いたい気持ちは本当だった。結局、あたしがこんな時に傍にいてほしい人って栄嗣なんだ。たとえあたしが栄嗣を好きなほどに栄嗣があたしを好きじゃなくても。

 三階へ続く中央階段を昇って二番目の教室が栄嗣のクラス。机を寄せ合ってUNОにアツくなったりマンガの見せっこをしたり、思い思いに昼休みを過ごしている中学二年生たちの中から、栄嗣のくっきり整った顔を探す。だけど何度教室の端から端まで目を滑らせても、見つからない。他のクラスの入り口に佇んでいた部外者のあたしの横を、ちょっとごめんねー、なんて邪魔者を押しのけるような言葉を添えて誰かが通り過ぎていく。

「あれ、エリサじゃーん!」

 聞き覚えのある声をかけられて、救われた気がした。振り返ると一年の頃同じクラスだった女の子が立っている。同じグループってわけじゃなかったけど一年の時は盛んにあたしを慕ってきて、化粧の仕方や髪の巻き方を熱心に聞いてきた子だ。数か月前の明菜たちみたく。隣にはなんとなく顔は知ってるけど名前の思い出せない小柄な女子がくっついていて、クラスが分かれて話さなくなった今、この子が彼女の今の友だちなんなと思う。

「どうしたの? あっわかった、中沢くんでしょ」
「うん、そう。栄嗣、今いないの?」
「中沢くんならねー、ちょっと前に高岡と教室出てったよ。今も一緒にいるんじゃない? どこいるかまではわかんないや、ごめん」