追い打ちをかけるがごとく、あたしは文乃に向かっていく。教室というヒエラルキー社会の底辺を蛆虫みたく這いずりまわってる文乃を、肩をそびやかして女王様のように見下ろしてやる。文乃が驚いた目のまま、あたしを見る。

「うっわぁー、何? 高橋さん、机にこんなもの入れてるの? やっだぁー」

 ようやく何が起こったのか理解したらしく、文乃の小さい目が一瞬限界まで広がった。でも、それだけだった。文乃はすべてを了解した顔でふうっとため息をついて、皺の寄った青紫の唇がちょっとだけ突き出た。それきり俯いてしまったので後はもう文乃がどんな顔をしているかわからなくなる。

 文乃は怒らなかった、泣かなかった。一瞬の驚きの後、黙ってこの場をやり過ごしただけだった。それにみんなもおかしい。いつもだったら面白がって乗ってくる明菜や増岡が何も言わないし、水を打ったような沈黙が不気味に教室を覆っていた。生まれて初めて感じるひんやりした視線が四方八方からあたしを突き刺している。

みんながあたしを見るこの目、何なの? 憐みに驚きに呆れ、いいや軽蔑? おかしい。こんなはずじゃない。あたしがこんな目で見られるわけがない。あたしは女王様なんだから、可愛いんだから、誰よりも「上」なんだから。文乃だって変だ、この子、やっぱり頭のネジが外れてんじゃないの? 机にウンコ入れられてため息ひとつで済ますとか、ありえないでしょ。

「高橋さん、これ何? もしかして自分の? やだぁ、高橋さん、中学二年生にもなってお漏らしでもしたのー?」
「……ああわかった違う、お漏らしじゃないよねー。高橋さん、こういう趣味があるんでしょ?知らなかったぁー」
「……ねぇねぇ、こんなことして楽しいの? あたしわかんないから、教えてよ。ウンコ収集の楽しさ。あはっ、ウケるー。ウンコ収集だって。昆虫採集じゃないんだから」

 何を言っても文乃もみんなも反応しなかった。一言しゃべるごとにあたしを取り巻く視線は一度ずつ冷えていく。真冬の冷気の下に肌を晒しているような寒さと混乱と恐ろしさで鳥肌が立った。

 おかしい、ありえない、こんなはずじゃない、絶対ない、こんなはずじゃこんなはずじゃこんなはずじゃ。

「とにかく片付けようぜ」

 焦って、壊れたおしゃべり人形みたいに言葉を吐き出し続けるあたしをついに増岡が遮った。掃除用具が入ってるロッカーの上に積み上げてあるトイレットペーパーをひとつ取って、男子らしく果敢にウンコに立ち向かう。顔をしかめながら素早くそれを引っ掴んで外に捨て、素早い動きですべての窓を全開にした。あたしのほうは見向きもしなかった。

 それでもなかなか教室から消えてかない異臭の中、鞠子を見やる。あんた友だちでしょなんとかしてよ、そう目で訴えたけど鞠子は青白い顔を俯かせてあたしの無言の訴えを静かに無視した。そんな、鞠子まであたしを見捨てるなんて。

 無意識のうちに唇をぎゅっと噛んでいて、舌の上に鉄の味が広がる。友達甲斐のない鞠子、いじめを無視しあたしを無視したみんな、ここまでやられても何も反応しなかった文乃。あたしを取り巻くすべての人に対して、頭がどうにかなってしまいそうなほどの怒りが湧いてきた。噛みしめている唇が痺れて、鉄くさい舌が熱い。

 何よ。ここまでやってもまだ、足りないってこと?