高校行っても付き合ってるかどうかわかんないとか、あたしに他に好きなやつが出来るかもしれないとか、なんとなくでそんなことを言えちゃうなんて。ついうっかり言ってしまったことだからこそ、本当の気持ちなんだと思う。

つまり栄嗣にとってあたしは「その程度」の存在で、あくまで「その程度」だから先のことなんか全然どうでもよくって、これからも当たり前に付き合いが続いていくもんだと信じてたあたしが馬鹿みたいだ。

きっと栄嗣はあたしが泣いたぐらいで決意を変えないし、離れたくないと駄々をこねるあたしをソフトクリームやぬいぐるみやらでその都度なだめておいて、梅高を受けて梅高に受かりそしてあたしの存在なんてあっさり忘れて次の彼女を見つけるんだろう。

 エッチしないのだって、あたしを大切にしてくれてるとかじゃなかったんだ。栄嗣にしてみれば今だけの恋だから、エッチしたことであたしの思いが高じないように、二人の関係が深まり過ぎないように、適度に距離を置いてたんだ。

 本屋の前でうわー、と女の子たちの甲高い声が響いて、足を止めた。この本屋こんな時間もやってるんだなぁと白くライトアップされた看板を見上げた後、店先で騒いでる女の子たちに目を移す。二人とも高校の制服を着ているけど西高じゃない。

「うひゃあ、これヤバイっしょ。少女マンガでよくこんなに描けるよねぇ、いいのかな?」
「よくないって。てか実際、いくらいじめでもここまでしないっつーの。大げさ過ぎ」

 二人はそのマンガについてあれやこれやと大声で批評した後、だらだらした足取りで店の奥へ入っていった。

「いじめ」という言葉が気になってあたしは二人が見てたマンガに手を伸ばす。それは近頃話題になってる、いじめを題材にした少女マンガだった。来年一月から深夜枠でドラマ化が決定してるほどの人気で、人気の秘密が賛否両論を呼ぶほどのいじめ描写のリアルさらしい。この前明菜がこれを連載してるマンガ誌を学校に持ってきてたっけ。あたしはまだ読んだことがない。

 描写がリアルって、そんなに? どうせ大したことないんじゃないの? 半信半疑であまり期待もせずマンガを手にする。飛ばし読みしながらパラパラめくっていく。やがてページをめくるペースはゆっくりになり、気が付けばあたしは飛ばし読みどころか一言のセリフも見逃さないように丁寧にコマを追い、ひとつひとつのシーンに食い入っていた。

 手が汗でじんわり湿っている。本当だ。本当に、これはすごい。弁当をゴミ箱に捨てて代わりにゴキブリの死骸を入れておく、トイレに連れ込んでボコボコにする、プールに突き落として溺れさせる……頭の裏で静かに白い花火がはじける。火花がだんだんと大きくなり、あたしはマンガの中の登場人物と同化する。読者じゃなくて傍観者じゃなくて、登場人物と一緒に主人公をいじめてた。

 そのうち、頭の中にひとつの考えが浮かんだ。神様のお告げみたいに、ぱっと輝きながら。そうだ、これ、使えるんじゃない? 文乃いじめに。ひとりでに口元が笑いの形を作る。ボロ雑巾のように扱われ次第に身も心も病み死にたいと呟く主人公の姿が文乃とダブって、その考えはあっという間に固まった。

 上ばきを穴だらけにしたり体操着を濡らしたりハンカチをゴミ箱に押し込んだり。そんな、小学生でもやるようなガキっぽいいじめだけじゃ、きっともうみんなは満足しない。明菜や増岡たちが目をキラキラさせて乗ってくるのは、文乃の麻痺しきった鈍い神経を刺激してあのブサイク顔を怒りや悲しみに引きつらせるのは、ここに描いてあるような本当にひどいいじめなんだ。あたしは夢中になってページをめくる。

 きっと、このマンガの作者はいじめがなくなるように、あたしみたいな子がいじめをやめるようにと願って筆を走らせたんだろう。かわいそうな作者。たしかに、これを読んでいじめはよくないんだ、いじめはやめなきゃ、そう思う子だっているのかもしれない。

でもあたしは、そんな人間じゃない。だっていじめられるのは文乃のせいだから。文乃がトロいから暗いからブサイクだからいじめられるんであって、あたしは悪くない。学校社会は弱肉強食、弱い者がストレス者のストレス発散に使われるのは当たり前。弱いのが悪い。

 だからあたしにとってこのマンガはいじめの教科書だ。