「そのためにも早く働きたいんだ。母ちゃん、俺が小さい頃にオヤジと離婚してそれからずっと一人で苦労してきたから、楽させてやりたいし」
「……その話、お母さんには」
「言ったよ。子どもが余計な心配すんな、あんたはあんたのやりたいことやれって、怒られた。でも、押し切ったよ。母ちゃんのためや弟のためだけじゃなくて、俺自身のためでもあるんだ。勉強嫌いだから大学とか行きたくないし。それより早く稼いで一人前になるほうがいいじゃん。一人前になるなら普通高校より、工業高校入って手に職だろ」
そこで栄嗣はやっと笑って、ちょっと照れくさそうに鼻の頭を掻いた。ああ、そういえば前も似たようなことがあったっけ。
頭の裏でフラッシュバックが起こる。二年前の夏の終わり、お兄ちゃんとダイニングテーブルで、やっぱりこうやって向かい合ってた。弁護士になりたい、大学に行きたい。そのために家を出るというお兄ちゃんは今の栄嗣と似たような遠くを見る顔を、自分で見つけた未来に向かって輝かせてた。
どうしてあたしが好きになる人はさっさと夢を見つけてしまうんだろう。夢のためにあたしから離れていこうとするんだろう。あたしはまだ未来の輪郭すら掴めていないのに、一人で先へ進んでしまうんだろう。
「なんで泣くんだよ」
溶けていく視界の向こうで栄嗣が慌てていた。泣いちゃいけない。栄嗣を困らせちゃいけない。せっかく好きな人に夢が見つかったんだから応援してあげなきゃいけない。理性ではわかっていても、やがて離れ離れになる寂しさがあまりにもリアルに想像されて、胸が粉々に砕けそうだった。栄嗣が早口で言う。
「いや、そんな泣くことないじゃん。別に遠くに行くわけじゃないし」
「でも離れ離れになる」
「離れ離れになるっつったって、違う高校へ行くだけだぞ。引っ越すわけじゃないんだし。家は近いんだから、いつでも会える」
いつでも会えるだなんて、このデートが何日ぶりだと思ってるんだろう。クラスが離れただけでこんな状態なんだ。学校が別々になったらどうなっちゃうかわからない。
ちっとも泣き止まないあたしの前で、栄嗣が途方に暮れたような声を出した。
「ほんと、泣くようなことじゃないんだぞ。そりゃ寂しいのはわかるけど。てか高校に行くのなんて、あと一年半も後じゃん。まだまだ先のことなんだから」
「そうだけど……」
「だいたいさ、わかんないし。高校行った後のことなんて」
涙腺がきゅっと引き締まった。どういう意味なのかと見開いた目の向こうで、栄嗣は気まずそうに下を向いてぽつんと言った。
「高校行っても俺ら、付き合ってるかどうかなんて、わかんないだろ。エリサはエリサで、他に好きなやつが出来るかもしんないし」
「……なんでそういうこと言うの!!」
今度こそ、本当に本当の大声が出た。隣のテーブルの西高生たちが息を詰まらせるのがわかる。テーブルに突っ伏して辺り構わず嗚咽を漏らすあたしの頭の上で、栄嗣がしどろもどろになっていた。
「……その話、お母さんには」
「言ったよ。子どもが余計な心配すんな、あんたはあんたのやりたいことやれって、怒られた。でも、押し切ったよ。母ちゃんのためや弟のためだけじゃなくて、俺自身のためでもあるんだ。勉強嫌いだから大学とか行きたくないし。それより早く稼いで一人前になるほうがいいじゃん。一人前になるなら普通高校より、工業高校入って手に職だろ」
そこで栄嗣はやっと笑って、ちょっと照れくさそうに鼻の頭を掻いた。ああ、そういえば前も似たようなことがあったっけ。
頭の裏でフラッシュバックが起こる。二年前の夏の終わり、お兄ちゃんとダイニングテーブルで、やっぱりこうやって向かい合ってた。弁護士になりたい、大学に行きたい。そのために家を出るというお兄ちゃんは今の栄嗣と似たような遠くを見る顔を、自分で見つけた未来に向かって輝かせてた。
どうしてあたしが好きになる人はさっさと夢を見つけてしまうんだろう。夢のためにあたしから離れていこうとするんだろう。あたしはまだ未来の輪郭すら掴めていないのに、一人で先へ進んでしまうんだろう。
「なんで泣くんだよ」
溶けていく視界の向こうで栄嗣が慌てていた。泣いちゃいけない。栄嗣を困らせちゃいけない。せっかく好きな人に夢が見つかったんだから応援してあげなきゃいけない。理性ではわかっていても、やがて離れ離れになる寂しさがあまりにもリアルに想像されて、胸が粉々に砕けそうだった。栄嗣が早口で言う。
「いや、そんな泣くことないじゃん。別に遠くに行くわけじゃないし」
「でも離れ離れになる」
「離れ離れになるっつったって、違う高校へ行くだけだぞ。引っ越すわけじゃないんだし。家は近いんだから、いつでも会える」
いつでも会えるだなんて、このデートが何日ぶりだと思ってるんだろう。クラスが離れただけでこんな状態なんだ。学校が別々になったらどうなっちゃうかわからない。
ちっとも泣き止まないあたしの前で、栄嗣が途方に暮れたような声を出した。
「ほんと、泣くようなことじゃないんだぞ。そりゃ寂しいのはわかるけど。てか高校に行くのなんて、あと一年半も後じゃん。まだまだ先のことなんだから」
「そうだけど……」
「だいたいさ、わかんないし。高校行った後のことなんて」
涙腺がきゅっと引き締まった。どういう意味なのかと見開いた目の向こうで、栄嗣は気まずそうに下を向いてぽつんと言った。
「高校行っても俺ら、付き合ってるかどうかなんて、わかんないだろ。エリサはエリサで、他に好きなやつが出来るかもしんないし」
「……なんでそういうこと言うの!!」
今度こそ、本当に本当の大声が出た。隣のテーブルの西高生たちが息を詰まらせるのがわかる。テーブルに突っ伏して辺り構わず嗚咽を漏らすあたしの頭の上で、栄嗣がしどろもどろになっていた。