一度だけ二人でそんな話をしたことがある。二人一緒の高校に行きたい、行くなら西高がいいと言うと、栄嗣も嬉しそうに頷いてくれた。西高を選んだのは頭の良くないあたしと栄嗣でも入れるレベルだからっていうのと、二年前にリニューアルされた制服がすっごく可愛いから。女子の制服はエンジ色のタータンチェックにおそろいのリボンで、この辺りの都立高校の中では一番可愛いって評判なんだ。
憧れの西高の子たちを前にして自分も西高に入ったようないい気分でいたら、さっと栄嗣の顔が曇る。慌てて誤魔化すように笑みを作ったけど端正な顔を一瞬過ぎった不穏な影をあたしは見逃さない。
「どうしたの?」
「どうしたって、どうもしねぇけど」
「どうもないわけ、ないじゃん」
「どうもないって」
「今、まずいな、って顔したでしょ」
今度こそ栄嗣の顔全体に暗い影がさあっと広がっていって、確信へ導く一言を言ってしまったことをひどく後悔した。栄嗣は右手にシェイクを握ったまま、マックの白いテーブルの表面を仕方ないように見つめながら言う。
「ごめん。俺、一緒の高校行けない」
「なんでよ!?」
つい責めるような言い方になってしまって、それも結構な大声で、隣のテーブルの笑い声がぴたっと止んだ。斜め横から突き刺さる訝しげな視線にはっとして俯く。嫌な鼓動を打ち始める心臓を鎮めるようにシェイクをすすると、栄嗣がこわばった声を絞る。
「梅高、行こうと思う」
「梅高って、梅田だよね? 工業高校じゃん」
「うん。高校卒業したら車の整備士になろうと思って」
「はっ、なんで」
「うちが貧乏なのは、エリサも知ってるだろ」
諭すような言い方に頭の芯がたちまち冷えていく。小さい頃、お兄ちゃんに叱られた時と似た気分だった。
栄嗣の家は母子家庭だ。栄嗣のお母さんには何度か会ったことがあるけれど、特に美人ではないものの三十九歳っていう年齢より随分若く見えたし、バリバリ働く元気なお母さんって感じで細く引き締まった体が恰好よかった。そのお母さんが男の子三人を一人で養ってるんだから、経済的に苦しくないわけない。
小学生の弟二人を目の前にした栄嗣はお兄ちゃんっていうよりお父さんみたいで、なんでこの人が周りの男子たちに比べて大人っぽいのか、中二の割にきりりとした横顔の秘密がわかった気がした。
「来年は下の弟も中学生だし、四年後は高校生だ。あいつは俺と違って頭いいから、できればいい高校に行って、その後いい大学にも行かせてやりたいって、母ちゃんが言ってる」
神妙な顔の栄嗣は確かにあたしと同い歳なのにずっと大人の男の人のようで、その目はあたしや周りのみんなよりも遠いところを見ていて、ただの子どものあたしは淡々と紡がれる言葉を黙って聞くことしかできない。
憧れの西高の子たちを前にして自分も西高に入ったようないい気分でいたら、さっと栄嗣の顔が曇る。慌てて誤魔化すように笑みを作ったけど端正な顔を一瞬過ぎった不穏な影をあたしは見逃さない。
「どうしたの?」
「どうしたって、どうもしねぇけど」
「どうもないわけ、ないじゃん」
「どうもないって」
「今、まずいな、って顔したでしょ」
今度こそ栄嗣の顔全体に暗い影がさあっと広がっていって、確信へ導く一言を言ってしまったことをひどく後悔した。栄嗣は右手にシェイクを握ったまま、マックの白いテーブルの表面を仕方ないように見つめながら言う。
「ごめん。俺、一緒の高校行けない」
「なんでよ!?」
つい責めるような言い方になってしまって、それも結構な大声で、隣のテーブルの笑い声がぴたっと止んだ。斜め横から突き刺さる訝しげな視線にはっとして俯く。嫌な鼓動を打ち始める心臓を鎮めるようにシェイクをすすると、栄嗣がこわばった声を絞る。
「梅高、行こうと思う」
「梅高って、梅田だよね? 工業高校じゃん」
「うん。高校卒業したら車の整備士になろうと思って」
「はっ、なんで」
「うちが貧乏なのは、エリサも知ってるだろ」
諭すような言い方に頭の芯がたちまち冷えていく。小さい頃、お兄ちゃんに叱られた時と似た気分だった。
栄嗣の家は母子家庭だ。栄嗣のお母さんには何度か会ったことがあるけれど、特に美人ではないものの三十九歳っていう年齢より随分若く見えたし、バリバリ働く元気なお母さんって感じで細く引き締まった体が恰好よかった。そのお母さんが男の子三人を一人で養ってるんだから、経済的に苦しくないわけない。
小学生の弟二人を目の前にした栄嗣はお兄ちゃんっていうよりお父さんみたいで、なんでこの人が周りの男子たちに比べて大人っぽいのか、中二の割にきりりとした横顔の秘密がわかった気がした。
「来年は下の弟も中学生だし、四年後は高校生だ。あいつは俺と違って頭いいから、できればいい高校に行って、その後いい大学にも行かせてやりたいって、母ちゃんが言ってる」
神妙な顔の栄嗣は確かにあたしと同い歳なのにずっと大人の男の人のようで、その目はあたしや周りのみんなよりも遠いところを見ていて、ただの子どものあたしは淡々と紡がれる言葉を黙って聞くことしかできない。