クレープのワゴンはこの時間帯、学校から歩いて二分のスーパーの前に停まっている。いちごスペシャル三百円は中学生価格だしおいしいし、ワゴンの前にはベンチが四脚あって座って食べることも出来るから、部活帰りの生徒たちのたまり場になっていた。


 毎日、特別面白いことなんかない。でもとびっきり甘いクレープを食べながら気の合う友だちとわいわい、くだらないことをしゃべる。それってちょっと幸せな時間だ。


音楽にも部活にもあんまり興味ないし練習はダルいけれど、友だちに会えるから、友だちと楽しい時間を過ごせるから、あたしは吹奏楽部を続けてるのかもしれない。友だちと話すこと、友だちと同じ時間を過ごすこと、それはあたしにとってとても大事なことだ。たぶんあたしだけじゃなくて、すべての中学生にとってめちゃめちゃ大事なこと。


 クラリネットを片して美晴と部室に戻り帰り支度をする。みんな支度が済んでもすぐに部室を出ないで、携帯をピコピコ。うちの学校は校舎への携帯の持ち込みは禁止だけど、みんなこっそり持ってきて休み時間や放課後、先生に見つからないように使ってる。あたしもカバンから携帯を取り出すと、メール着信を示す青いランプが光っていた。悪い予感。


フリップを開けてメールを開くと、悪い予感が見事的中する。思わず声を上げる。


「うっそ、最悪」
「どうしたの?」


 美晴の目の前にお母さんからのメールを表示した画面を突き出す。『今日は遅くなるので早く帰って真衣たちの面倒を見ながら、夕食を用意しておいてね。材料費はかかった分後であげるので、スーパーのレシートは捨てないで』……共働き家庭で妹が二人もいるあたしの家では、月に二、三度こういうことがある。でもそれがよりによって今日だなんて。


「マジ最悪。なんで中学生のあたしが放課後に主婦しなきゃなんないのよ」
「ほんと、大変だね。クレープ、行けなくなっちゃうじゃん」


 美晴が気の毒そうな顔をする。楽しみの予感にふくらんだ心が一瞬にしてぺしゃんこになって、怒りがじわじわこみ上げてきた。なんでみんなが甘いクレープを食べながら楽しくしゃべっている間、あたしだけ野菜を切ったりフライパンを振ったりドレッシングを作ったり、未歩たちの相手をしなきゃいけないんだろう?


 行けなくなった旨を風花たちに告げるとみんな残念そうな顔をして口々に同情してくれた。風花がどんまいと背中を叩く。


「しょうがないよねー、亜沙実は。お母さんも働いてて、妹が二人いるんだもん」


「妹二人も? ウザくない? うちも弟いるけどさ、一人だけでめっちゃうざいよ」


 大きな庭とゴールデンレトリバーつきのでっかい家に住んでて、お父さんが小さいながら会社を持っているっていう麻奈とうちと、ただ兄弟姉妹がいるという共通点だけで一緒にされたくないと思ったけど、そんなことはもちろん口に出せない。睦が無邪気に言う。


「亜沙実ってすごいよね、料理とか掃除とか洗濯とか全部出来るなんて。うちはお母さんもおばあちゃんもいるしなんでもやってもらえちゃうから、わたしは何にも出来ないもん」


 褒めてるつもりだろうけど、途中から自慢っぽく聞こえた。