「こんな時間にどこへ行くんだ」
「友だちと」
「ダメだ、もう7時だぞ。断りなさい」

 完璧に予想通りの台詞。過去に何度も繰り返されたやり取りがまた交わされる。こうやって夜の外出を咎め、親らしいことをしているつもりなんだろうけど、いつも怒られてばっかりで優しい言葉なんてかけてもらえない、この人たちのおかげで追い詰められることはあっても心が救われたことなんて一度もないから、心配されてるとか愛されてるとかいうより、ただ子どもを自分の思い通りにしたい、管理したいだけのような気がする。

 無視して駆け出すと、背中に向かって怒鳴られた。

「待ちなさい!」
「うるせぇよクソジジイ」
「親に向かってなんて言葉を使うんだ!」

 親に向かって、だって? 親ならもっと、甘えさせてよ。怒鳴ったり怒ったりしないで、褒めたり優しくしてよ。人前に出すのが恥ずかしい不肖の娘だ、陰でどんなことをしているかわからない、そんな目で見ないでよ。たったそれだけのこともできないくせに親の権利ばっかり振りかざさないでよ。

 ううん、いいんだもう。親なんて知らない。家なんて知らない。お兄ちゃんなんて知らない。だってあたしには、栄嗣がいる。栄嗣がいればいい。栄嗣さえいれば。

 栄嗣は日がとっぷり暮れた児童公園で、退屈そうにブランコに腰かけてた。大人がするようなすっかり慣れた仕草でタバコを吸う口元にときめく。子どもがいきがつてタバコを吸うのは恰好悪いことだって夏休み前にあった生活指導では言われたけれど、そんなの大人の理屈だ。誰がなんと言おうと、あたしは当たり前にタバコを吸う栄嗣を恰好いいと思うし、そんな栄嗣が大好きなんだもの。