『なかなかメールできなくてごめんね、元気にしてるかな。俺は相変わらず忙しいよ。ニュースで中学生の事件を見る度、エリサは大丈夫かって不安が頭を過ぎります。もちろん、事件を起こすようなのは一部の子だけで、エリサのことを信じてはいるんだけどね。

 お兄ちゃんは最近、新しいバイトで家庭教師を始めました。中一の男の子なんだけど、これがびっくりするほど出来が悪くて、苦戦してます。エリサも勉強は苦手だったよね。来年は受験だし、帰った時に勉強見てあげるよ。もっとも、今度の正月も帰るのは難しそうなんだけど。

 こっちはもう寒くて、既に雪がちらついてます。エリサも風邪引かないようにね。じゃあ、また』

「何それ? そんだけ?」

 再びつい、声に出していた。ため息と共にフラップを閉じる。窓ガラスの中にはむすっとした顔のあたしがいる。

 そりゃ、あたしが鞠子や明菜に送るメールに比べればずっと長いし内容も濃いけれど、お兄ちゃん一人暮らしを始めたばっかりの頃のメールはもっとみっしり言葉が詰まって、充実してた。友だちとドライブに行ったこと、教授が想像以上に厳しくて勉強が難しいこと、掛け持ちしている二つのバイトのこと。

日本海側の地方都市での新しい生活がリアルに綴られていて、あたしを心配する言葉も「頭を不安が過ぎります」だなんて、こんなに薄っぺらくなくて。「ニュースで中学生の事件を見る度」なんて、おかしいでしょ。自分だってたった五年前までは中学生だったくせに、すっかりあたしを置いて自分だけいっぱしの大人になったみたいな言い方。

 だいたい、いつも忙しいって書いてあるけどほんとにそんなに忙しいんだろうか。他の学生みたいに親の脛をかじらず奨学金とバイトで生活してんだから、そりゃ大変だとは思う。でも夏休みやお正月、二日や三日、こっちに帰ってくる余裕ぐらいあるんじゃないの本当は。そうしないのは忙しいからじゃなくて、単に親に会いたくないからなんだろう。

 それに、忙しいのは勉強やバイトだけじゃないのかもしれない。十四歳のあたしに栄嗣がいるんだから、ハタチのお兄ちゃんに彼女がいたって当たり前だ。当たり前だけど、許せない。勉強したいからって、夢のためだからって家を出てったのに、一人暮らしの部屋で彼女といちゃついてるなんて。