あたしとは違い、小さい頃から家でも学校でも良い子を通してきたお兄ちゃんは、この時初めて親に反抗した。どうしても反対なら自分の力でなんとかしてみせると、家から新幹線と電車を乗り継いで三時間もかかる地方の国立大学の法学部に合格を決め、奨学金をもらいながら一人暮らしを始めた。去年の夏休みもお正月も今年の夏休みも、帰ってこない。電話もない。たまに思い出したように、あたしの携帯に近況報告のメールが届くだけ。

 お兄ちゃんはあくまで自分の意志を通しただけでそれはお兄ちゃんにとって必要なことだったんだろうけど、良い子のお兄ちゃんを信頼しきっていたお父さんとお母さんからすれば、裏切られた気分だっただろう。去年の春から三人きりになった家の中はいっそう居心地が悪くなった。二人とも前よりいっそう、イライラしてることが多いし。

 ううん、裏切られたのは親たちだけじゃない。あたしもだ。

 階下の喧噪は外からむなしく一人部屋の空気を震わせるから、お兄ちゃんのお下がりの古いコンポの電源を入れる。お兄ちゃんは中学生の頃、あたしが小学生だった頃に流行った懐かしいメロディが流れ出す。

本当はもっとボリュームを上げたいけれど、あんまり大きな音で音楽を聴いていると、お客さんに聞こえるじゃないか何考えてるんだってお父さんに怒鳴られるから、しょうがなく控えめな音で聴く。メロディに合わせて体を揺らしていると少しだけ気が晴れて、スクバに入れっぱなしの携帯を取り出した。新着メール一件。

「お兄ちゃんからだ」

 思わず口に出していた。去年の春には二日に一度は届いていたメールは暑くなる頃には一週間に一度になり、最近では二週間に一度にまで減っていた。こっちからメールしてみても返ってこないことが多い。