別に愛されていないとは思わない。向かいの一軒家からは毎晩のように親の怒鳴り声と子どもの泣き声が聞こえてくるし、店の裏に建っているボロアパートなんて年中ホームレス並みに汚い恰好をしている小学生が住んでいて、虐待じゃないかってお客さんたちが噂してた。

テレビの中だけの話じゃなく、世の中には本当にそういう子どもがいる。でもあたしはちゃんと身の回りの世話をされ学校にも行かせてもらって、普通に愛されて育ってる恵まれた子どもなんだと思う。馬鹿みたいに悲劇のヒロインを気取ったりしない。

 けど、どこからかやってきてじわじわ心を攻めたてる寂しさはどうしようもなかった。

 お父さんとお母さんはあたしが物心ついた時は既に、イライラが肌の奥まで染みついた仏頂面だった。店が忙しいんだから自分のことは自分でやれ、毎日のようにそう言われて育った。長期の旅行なんて許されない環境で家族で出かけた記憶は片手で数えられるほどしかないし、怒られたり頭をはたかれたことばっかりで褒められたことなんてあっただろうか。

勉強が苦手で、絵が上手いとか音楽が出来るとか運動神経が良いとかの才能にも一切恵まれない、何の取り柄もない子どものあたし。顔だけは可愛く生まれてきたけれど、それすら親にとってはどうでもいいことだった。

うちがもっと裕福だったら、可愛い子にふさわしくきれいな服を着せたりピアノやバレエを習わせたり、お姫さまみたいにちやほや育ててもらったんだろうけど、悲しいことにそんな余裕は我が家にはなくて。分不相応なあたしの可愛らしさは、いつも現実に追い立てられるお父さんとお母さんにとっては、かえってうざったいものですらあったのかもしれない。

不出来の子どもが親の気を惹くには、いたずらしたりわがままを言うような方法しかない。お母さんの化粧品で遊んだり、学校でうさぎ小屋のうさぎを校庭に放したり、ローティーン向けのファッション雑誌に載ってる服をどうしても欲しいとねだったり。

 常に自分たちのことでいっぱいいっぱいの親たちは、いたずらやわがままの裏にあるほんとの気持ちに気づいてくれなかった。顔じゅうを口紅だらけのあたしを引っぱたいたり、小学校に呼び出された後いつまでもネチネチ文句を言い続けたり、「小学生のくせにこんなもの読んで色気づいて」と鞠子から借りた雑誌を勝手に捨てた。

気を惹こうとすればするほどあたしは「言うことを聞かない、いたずらとわがままばかりの困った子」になり、親の期待は成績が良くてしっかり者で店の手伝いもよくしていたお兄ちゃんに向けられた。

 そのお兄ちゃんが、お父さんとお母さんを裏切った。大学に行って弁護士を目指すと言い出したのだ。

 弁護士になったらいいお給料がもらえて、お父さんたちも楽できるだろうと思うのに、二人に言わせれば「そう単純な問題じゃない」らしい。大学に通うのはすごくお金がかかるし、大体弁護士なんていくら頭の良いお兄ちゃんにだってそう簡単になれる職業じゃない。

試験に落ちて何年も浪人する人がごまんといる、浪人生を養う経済的な余裕はうちにはない。自分たちも高校を卒業してすぐ働き出した、学歴なんてなくても本人次第で世の中なんとかなるものだ。「分不相応な夢を見るもんじゃない、エリートにはエリートの、貧乏人には貧乏人の幸せってもんがある。俺たちは見ての通りの貧乏人だ、貧乏人がエリートの真似をしてどうする」……お父さんはそう言ってお兄ちゃんを説き伏せようとした。