「キレイになったんじゃなくて、イキがってんだよ。ったく、ガキのくせに化粧なんか覚えやがって」
カウンターの中で中華鍋を揺すってるお父さんがちらりと目を上げて吐き捨てるように言う。イキがってるだのガキのくせにだのなんとも腹の立つ言い方だったけど、そんな言葉を浴びせられるのは日常茶飯事でいちいち言い返してるほどこっちも暇じゃないし、それに怒りより胸の中にひゅんと吹いた隙間風の冷たさのほうが勝ったから、何も言わない。
「ったく、何度同じこと言わせるんだよ。店から入ってくるなっていつも言ってるだろ」
エプロンの隙間から見える三段腹を揺らしつつ、奥のテーブルを拭いていたお母さんまで尖った声をあたしに突き刺す。
親にとってあたしは髪を染めパンツが見えそうな恰好で歩く今どきの関心しない若者の典型で、勉強はしないわ親の言うことは聞かないわ悪いところを挙げればきりがないのにいいところがひとつもない不肖の娘で、つまり恥ずかしいからお客さんの前にはできるだけ出したくないってわけだ。
「毎日毎日こんな遅くまで何やってんだよ、店の手伝いもしないで」
「まだ六時過ぎじゃん」
「ほらまたそうやって口答えする。いったいこの子は親を何だと思ってんだろうねぇ。育ててやったのはこっちなんだっちゅうに」
ぷりぷりまくし立てるお母さんをまぁ反抗期なんだから仕方ないよとか、エリサちゃんもそのうち親のありがたみがわかるさぁとか、常連さんたちがなだめている。何か言いたげなお父さんの苦い視線を横顔で受け止めながら厨房に入り、その奥の靴脱ぎでスニーカーを脱ぎ捨てた後ルーズソックスの足でみしみし鳴らしながら古い階段を上がる。
ちゃんと家族用の玄関があるのにわざわざ店の入り口から入るのは、お父さんとお母さんの顔を見たいからだ。優しい言葉をかけてほしい、いやせめてやわらかい視線を投げてほしい。
忙しい二人はいつもなんとなくイラついていてそれでなくても不肖の娘を恥ずかしく思っているからそんな望み叶うわけないのに、毎日のように懲りもせずはかない期待を持ってお父さんとお母さんの前を通り過ぎてしまう。売り言葉に買い言葉で反抗してしまうあたしもあたしなんだけど。
二階の端っこのあたしの部屋はドアを閉めても窓を閉めても階下の話し声がよく聞こえる。あたしが生まれる前に死んだお父さんのお父さん、つまりおじいちゃんが建てた食堂兼自宅は、古いし壁も薄い。お客さんたちの話し声や笑い声の間に、時々お父さんやお母さんの声が混ざる。あたしに何か言う時よりずっと、楽しそうな声。
カウンターの中で中華鍋を揺すってるお父さんがちらりと目を上げて吐き捨てるように言う。イキがってるだのガキのくせにだのなんとも腹の立つ言い方だったけど、そんな言葉を浴びせられるのは日常茶飯事でいちいち言い返してるほどこっちも暇じゃないし、それに怒りより胸の中にひゅんと吹いた隙間風の冷たさのほうが勝ったから、何も言わない。
「ったく、何度同じこと言わせるんだよ。店から入ってくるなっていつも言ってるだろ」
エプロンの隙間から見える三段腹を揺らしつつ、奥のテーブルを拭いていたお母さんまで尖った声をあたしに突き刺す。
親にとってあたしは髪を染めパンツが見えそうな恰好で歩く今どきの関心しない若者の典型で、勉強はしないわ親の言うことは聞かないわ悪いところを挙げればきりがないのにいいところがひとつもない不肖の娘で、つまり恥ずかしいからお客さんの前にはできるだけ出したくないってわけだ。
「毎日毎日こんな遅くまで何やってんだよ、店の手伝いもしないで」
「まだ六時過ぎじゃん」
「ほらまたそうやって口答えする。いったいこの子は親を何だと思ってんだろうねぇ。育ててやったのはこっちなんだっちゅうに」
ぷりぷりまくし立てるお母さんをまぁ反抗期なんだから仕方ないよとか、エリサちゃんもそのうち親のありがたみがわかるさぁとか、常連さんたちがなだめている。何か言いたげなお父さんの苦い視線を横顔で受け止めながら厨房に入り、その奥の靴脱ぎでスニーカーを脱ぎ捨てた後ルーズソックスの足でみしみし鳴らしながら古い階段を上がる。
ちゃんと家族用の玄関があるのにわざわざ店の入り口から入るのは、お父さんとお母さんの顔を見たいからだ。優しい言葉をかけてほしい、いやせめてやわらかい視線を投げてほしい。
忙しい二人はいつもなんとなくイラついていてそれでなくても不肖の娘を恥ずかしく思っているからそんな望み叶うわけないのに、毎日のように懲りもせずはかない期待を持ってお父さんとお母さんの前を通り過ぎてしまう。売り言葉に買い言葉で反抗してしまうあたしもあたしなんだけど。
二階の端っこのあたしの部屋はドアを閉めても窓を閉めても階下の話し声がよく聞こえる。あたしが生まれる前に死んだお父さんのお父さん、つまりおじいちゃんが建てた食堂兼自宅は、古いし壁も薄い。お客さんたちの話し声や笑い声の間に、時々お父さんやお母さんの声が混ざる。あたしに何か言う時よりずっと、楽しそうな声。