「ねぇね、エリサ」

 そんなことを考えてイラついてると、隣にいた鞠子が話しかけてくる。背が低い鞠子の目はちょうどあたしの肩のところにあって、凶暴な熊にエサをあげようとする時みたいな目がおそるおそるあたしを見上げていた。

「そういえば中沢くんは? 今日とか、一緒に帰んないのー?」

 その名前を聞いて、反射的に鞠子から目を逸らしていた。鞠子は何も知らない。もう二週間も栄嗣とデートしてないことも、三日前に送ったメールの返事がまだ返ってきてないことも、近頃は廊下ですれ違っても前みたいに「よっ」て片手を上げてもらえないことも。

「付き合ってるからって毎日一緒に帰るわけじゃないよ。あたしはあたしで鞠子やみんなとこうして友だち付き合いがあるし、栄嗣は栄嗣で男の付き合いってやつがあるし」

 何度、そうやって自分を納得させようとしただろう。会いたくてもいつも「その日は友だちと遊ぶことになってるから」って断る栄嗣は、特別友だち思いってわけじゃない。単に、あたしよりも友だちといるのが楽しいだけだ。

「ふーん、そんなもん? 前はそんなんじゃなかったじゃん。夏休みだってほぼ毎日会ってたんでしょ」
「夏休みは夏休み、今は今だよ」
「何それ、たった三か月前の話じゃん。ねぇもしかして、中沢くんと上手くいってない?」
「……そういうの、余計なお世話だから」

ぴしゃりと言ってやると鞠子はそれきり黙ってしまって、もう栄嗣の話も他の話もしなかった。あたしたちの二歩前でテレビの話で盛り上がってる明菜たちは、やたら楽しそう。

 鞠子は、ちゃんと気付いてる。あたしと栄嗣の仲が、本当はどんなものなのか。でも、こういう時他の女の子が普通するように、「どうしよう、あたしフラれそうなの」なんて涙目で親友に恋愛相談なんて、死んでも出来ない。

あたしが「上」で鞠子が「下」、小一の頃からずっとそれでやってきた「親友」同士のあたしたち。悩みを相談するのは、「下」が「上」にすることだ。あたしが鞠子に栄嗣のことを相談したら、二人のバランスが崩れてしまう。