エリサのきれいな顔が真ん中から崩れた。頬がぴくぴくし、バラ色の唇が急速に色を失っていく。涙がこぼれそうな変な笑顔で、さっきとは打って変わった妙に優しい声を出す。

「何言ってんの」
「……」
「何、何よそれ、頭おかしいとか……鞠子とあたし、親友でしょ?」
「違うよ」

 自分の声の冷たさに、びっくりした。誰かが窓の外を通ったらしく、ざわざわとはしゃいだ楽しそうな声がした。もう一度水滴がぴちゃん、と落ちた。

 くるんと背を向けて、そしてその後一度も、あたしはエリサのことを見なかった。

「ごめん」
「ごめんね」
「エリサごめん」

 三人が口々に言って、あたしの後に続く。最後に和紗がトイレのドアを閉めて、みんな誰からともなく速足になった。階段を上り、自分たちの教室が連なる二階の廊下に戻ってくると、三人一斉にふううっと息を吐いた。もうホームルームが終わってだいぶ経つけれどまだ結構な数の生徒がそれぞれの教室に残っていて、平穏な喧噪が廊下に溢れている。その「いつも通り」があたしたちを勇気づけ、饒舌にした。

「鞠子、グッジョブ! マジ助かったよー、ハッキリ言ってくれてさ」

 明菜がバシッと背中を叩き、両側から和紗と桃子もありがとう、マジ感謝! と褒めてくれる。じゃれ合って歩くあたしたちは小松崎と黒川とすれ違い、じゃあねー、と元気な挨拶を交わした。桃子がくうっと伸びをする。

「お蔭で肩の荷が下りたーっ!」
「うん。いいことするって気持ちいいね」

 和紗が晴れ晴れした顔で言う。いいことした? たしかにあたしたちが今やってきたのは、正しいことだ。いじめをやめること、やめる勇気を持つこと。先生たちが聞いたら手を叩いて褒めてくれるだろう。その前、いじめの加害者だったことを差し引いても。

 なのにいいことをした後のすがすがしい気持ちなんてまったくない。あんなに近くにいて、それでも親友じゃなかったこと。エリサをこんなに簡単に突き放せてしまうこと。