「廃墟のラブホってあの、雑木林の奥だよね? 夜はヤンキーのたまり場になってて、壁にいっぱい落書きしてあるやつ。あんなとこで何してんのよ、文乃たち」


「だから、その、あれでしょ……キスとかさぁ」


 オクテで下ネタは苦手な愛結がほっぺたをピンク色にした。風花がまた自分の肩を抱く。


「うわぁ、きしょっ! 鳥肌立ってきたー」


「ほんとだよ、そんなことするからエリサたちにいじめられるんじゃん」


 こんな言い方は文乃だけじゃなく河野まで蔑むことになるってわかってたけど、そう言った。可哀想だとは思うが河野も文乃と同じで、馬鹿とかシンショーってお調子者の男子たちにからかわれてもしょうがないんだろう。風花が河野の真似をして唇をとがらせ、ひょっとこみたいな顔になって、おどける。


クラスの女子の中でも可愛い部類に入る風花と誰がどう見てもブサイクな河野はちっとも似てないけれど、尖らせた唇やきょとんと見開いた目は河野の顔の特徴をよく捉えててなかなか上手で、それだけで笑えてしまった。


「ふ、ふ、ふみのちゃん。き、き、キスしても、いいかなぁ」


 河野がどもりながら文乃に愛を告げる場面の真似、らしい。みんなそろってツボに入り、笑いが止まらなくなる。


「やだー、風花似すぎ」


「やめてよもう。文乃に聞こえちゃうって」


誰からともなく文乃を振り向くと、文乃はようやく見つけたのか、数学の教科書を手にしていた。だけどその表紙は濡れてふやけて「数学 2年」の文字がかすんでいる。文乃の手が汚れをはたくように教科書を撫でると、エリサの楽しそうな声がする。


「うわぁ、ゴミ箱に入ってたもの使おうとしてる人がいるー。ホームレスみたぁい」


 文乃の動きが一瞬、止まった。あたしの席からは肩幅が広くて肉付きのいい、中年太りのおばさんみたいな背中が見えるだけで、文乃がどんな顔をしているのかはわからない。怒っているのか、悔しいのか、泣きそうなのか、それとも無表情か。


どちらにしろ文乃は、何も言わない。今日も黙って、エリサにいじめられる。


 教室の扉が開いて増岡が入ってきた。バスケ部に入ってて背が高くて声もでかい増岡はクラスでも目立つほうで、思いを寄せている女子も多いらしい。男子の中でも中心的存在な増岡のグループは、エリサのグループと仲が良かった。


 その増岡が床に散らばったゴミとその前で教科書を握ってる文乃を見て、思いっきり眉をひそめて吐き捨てた。


「誰だよこんなとこにゴミ広げてんの。マジ邪魔」


 増岡が長い足で器用にゴミを避けながら歩く。エリサたちの笑い声が空気を震わせる。