「なんかもう、文乃が可哀想でさー。たしかにあいつ暗いしウザいし目障りだけど、あそこまでやんなくてもいいじゃん?」
「ちょっとからかう程度だから楽しいのに、これじゃあ完璧いじめじゃんね。良心、痛むっての」

 桃子が言った。

 あたしたちは不良とは違う。確かに見た目はちょっと派手だけど、いじめだって子ども社会のルールに乗っ取ってやってるしやり過ぎを抑える判断力もある。自分たちのしてることが問題になったら、親や教師に知られたら、もし文乃が自殺したら訴えられたら……そうやって想像して怖くなるから、あくまで自分を守れる範囲でいじめを楽しむ。

 そういうことを考えられるあたしたちはあくまで「普通」の子だ。そのへんがイカれてしまったエリサにはドン引くし、これ以上一緒にいてあたしたちの「普通」を乱されたくないのは「普通」の心理。たとえエリサが昨日までずっと仲良くしていた親友でも。

「てわけでうちら、エリサとは以後、距離置くってことで。反対の人」

 明菜が言っても誰も手を挙げなかった。あたしももちろん手を挙げない。いろいろ我慢しながら惰性で続いてしまった友情だ。なんだかんだ七年半の付き合いだし、みんなから冷めた目で見られてもあたしだけはエリサを守ってあげよう、エリサの親友でいよう、そう考えられるほどあたしは優しくなかった。優しくなかったけど、一応聞いた。

「反対じゃないけど質問。距離置くってどうするの、具体的に」
「うーんだからその……さりげなく、避けるとか?」

 歯切れの悪い明菜の言葉。既に話はついているであろう、和紗と桃子も下を向いている。

 さりげなく避けるって、無視ってこと? それも一種のいじめじゃない? エリサはみんなの人気者でいることが生きがいみたいな子でプライドが高くて、そういうエリサにとって無視されるのって一番堪えるいじめ方だと思うけど? そういう言葉を全部、飲み込んだ。わかってる。あたしはエリサを庇えない。イカれたいじめっ子の同類としてみんなから蔑まれるリスクを背負えるほど、立派な親友じゃない。

「それ……エリサ、傷つくよ」

 そう言うのが精いっぱいだった。明菜が小さくため息をついた。

「だから迷ったんだよね、うちらも。うちらはエリサと付き合い浅いからいいけど、鞠子には酷かなって。鞠子とエリサ、親友じゃん?」
「そうでもないよ」
「えっ、違うの?」

 明菜が鏡越しにあたしの顔を覗き込む。和紗と桃子もきょとんとしてこっちを見ていて、あたしも自分が今発した冷たい言葉にびっくりした。

 改めて実感した。あたしはズルくてひどい人間だ。あれだけいつも一緒にいたのにエリサが転落した途端こんなに簡単にあの子を裏切られる。そんな自分の冷たさに驚いたし、あたしがそういう人間だったってことに傷ついた。

「よかった」

 明菜がほっとした声を出す。何が「よかった」のかわからなかった。

「よかったよ。親友じゃないんでしょ。だったら別に平気だよね、エリサと距離置いても」

 頷くと明菜は更によかったよかったと繰り返し、さっきよりも力の抜けた頬に化粧を施した。その後はいつも通りのごく平和な会話が四人の間でだらだら流れていった。

 恋バナと下ネタが入り混じった、好きな人のいないあたしにはあまり興味のない話題から外れがちになりながら、何度か頭の裏にエリサの顔を思い浮かべた。自分をのけ者にする「密約」があたしたちの間で交わされてることなんか知らず、今もきっと教室で増岡と笑い合ってるエリサの顔を。