ぱっと見昨日までと変わらないごく普通の一日が過ぎていきあっという間に昼休み。強烈なウンコ臭はとっくに消え、さっきまでみんなが広げてたお弁当のせいでいろんな食べ物の匂いが空気に溶けている。窓の外はカラリと晴れていて、床に細長い影を作る穏やかな日差しが見せかけの平和を演出していた。
昼休みの教室、エリサは今朝のことなんてなかったように明るくて、増岡とベラベラしゃべってた。二人とも声が大きくて、―時々エリサの甲高い笑い声が教室の中にいる誰かを振り向かせた。派手な美少女のエリサと、くっきりした彫りの深い顔立ちで背も高い増岡。確かに桃子の言う通り、顔ならあの四人グループの中では一番だ。エリサも中沢くんよりむしろ、こっちのほうがお似合いなんじゃないだろうか。
今朝の会話のせいかそんなことを考えていると、肩を叩かれた。明菜が声をひそめる。その一歩後ろに和紗と桃子。
「今から和紗と桃子とでトイレ行くけど、鞠子も一緒に行こうよ」
行こうよ、というよりはむしろ来なさい、って感じの、重みを含んだ尖った声だった。あたしは頷いて立ち上がる。速足で教室を出ていく時、三人とも一瞬振り返ってエリサの様子を窺ってた。エリサに気付かれず四人で行動しよう、という暗黙の了解があった。
トイレに行ったって用を足すわけじゃない。女子にとってトイレは化粧や髪型を直したり教室じゃできない秘密の話をするための場所だ。折よく、トイレには誰もいない。
洗面台には4つ蛇口があって、右から桃子、和紗、明菜、そしてあたしの順に並ぶ。桃子と明菜が早速ポーチを開き、化粧をしない和紗もポケットから折り畳みブラシを出して髪の毛を結び直している。あたしもポーチを開けてリップクリームを塗っていると、隣の明菜が睫毛にビューラーを当てながら口を開いた。
「今さ、正直もうエリサと関わりたくないよねーって話してたんだ、三人で」
そう言う明菜は鏡の中で少し申し訳なさそうな顔をしていた。あたしは軽く顎を上下させる。
当然の展開だ。あたしだってこんなことになった以上、今まで通りエリサにくっついてさえいれば学校生活安泰だなんて思ってない。いじめや仲間外れとは無縁で教室の中心が永久ポジションで、それはエリサが美少女で人気者の女王様だからこそのことで、今朝でその前提は崩れてしまった。
一度ついた悪い評判は二度と覆らないから、これからエリサは卒業までずっと、「文乃の机にウンコを入れたイカれたいじめっ子」としてみんなの頭にインプットされるだろう。いじめまではいかなくたって、「あいつ、ちょっと関わりたくない」って誰もから思われて、遠巻きにされて、悪口の対象になる。そんなエリサと一緒にいたって、意味がない。あたしまでイカれたいじめっ子の仲間と思われるだけだ。
「今朝のはひどいよ。いくらなんでも」
洗面台の端っこで桃子が言う。アイラインを引き直しながら、いつもあっけらかんにケラケラ笑ってるこの子には似合わない、深刻な口調で。
「ああいうことするのって、変なドラマとかの見過ぎだよ。ドラマだから面白いけどほんとにやっちゃうなんて信じらんない。エリサって危ない子だなって、正直引いちゃった。わたしもうついてけない」
和紗の声は沈んでた。文乃いじめに加わってたものの、みんながやるから自分もしょうがなくやるかなって感じで、どっちかっていうとおとなしい優しい子だから、いつも一緒にいた友だちを悪く言うことが後ろめたいんだろう。女王様の地位を失ったエリサから離れることしか考えてないあたしより、ずっと人間が出来ている。
あたしの隣で明菜がコクコク頷く。
昼休みの教室、エリサは今朝のことなんてなかったように明るくて、増岡とベラベラしゃべってた。二人とも声が大きくて、―時々エリサの甲高い笑い声が教室の中にいる誰かを振り向かせた。派手な美少女のエリサと、くっきりした彫りの深い顔立ちで背も高い増岡。確かに桃子の言う通り、顔ならあの四人グループの中では一番だ。エリサも中沢くんよりむしろ、こっちのほうがお似合いなんじゃないだろうか。
今朝の会話のせいかそんなことを考えていると、肩を叩かれた。明菜が声をひそめる。その一歩後ろに和紗と桃子。
「今から和紗と桃子とでトイレ行くけど、鞠子も一緒に行こうよ」
行こうよ、というよりはむしろ来なさい、って感じの、重みを含んだ尖った声だった。あたしは頷いて立ち上がる。速足で教室を出ていく時、三人とも一瞬振り返ってエリサの様子を窺ってた。エリサに気付かれず四人で行動しよう、という暗黙の了解があった。
トイレに行ったって用を足すわけじゃない。女子にとってトイレは化粧や髪型を直したり教室じゃできない秘密の話をするための場所だ。折よく、トイレには誰もいない。
洗面台には4つ蛇口があって、右から桃子、和紗、明菜、そしてあたしの順に並ぶ。桃子と明菜が早速ポーチを開き、化粧をしない和紗もポケットから折り畳みブラシを出して髪の毛を結び直している。あたしもポーチを開けてリップクリームを塗っていると、隣の明菜が睫毛にビューラーを当てながら口を開いた。
「今さ、正直もうエリサと関わりたくないよねーって話してたんだ、三人で」
そう言う明菜は鏡の中で少し申し訳なさそうな顔をしていた。あたしは軽く顎を上下させる。
当然の展開だ。あたしだってこんなことになった以上、今まで通りエリサにくっついてさえいれば学校生活安泰だなんて思ってない。いじめや仲間外れとは無縁で教室の中心が永久ポジションで、それはエリサが美少女で人気者の女王様だからこそのことで、今朝でその前提は崩れてしまった。
一度ついた悪い評判は二度と覆らないから、これからエリサは卒業までずっと、「文乃の机にウンコを入れたイカれたいじめっ子」としてみんなの頭にインプットされるだろう。いじめまではいかなくたって、「あいつ、ちょっと関わりたくない」って誰もから思われて、遠巻きにされて、悪口の対象になる。そんなエリサと一緒にいたって、意味がない。あたしまでイカれたいじめっ子の仲間と思われるだけだ。
「今朝のはひどいよ。いくらなんでも」
洗面台の端っこで桃子が言う。アイラインを引き直しながら、いつもあっけらかんにケラケラ笑ってるこの子には似合わない、深刻な口調で。
「ああいうことするのって、変なドラマとかの見過ぎだよ。ドラマだから面白いけどほんとにやっちゃうなんて信じらんない。エリサって危ない子だなって、正直引いちゃった。わたしもうついてけない」
和紗の声は沈んでた。文乃いじめに加わってたものの、みんながやるから自分もしょうがなくやるかなって感じで、どっちかっていうとおとなしい優しい子だから、いつも一緒にいた友だちを悪く言うことが後ろめたいんだろう。女王様の地位を失ったエリサから離れることしか考えてないあたしより、ずっと人間が出来ている。
あたしの隣で明菜がコクコク頷く。