「お疲れ様、頑張ったな。すごいよかったぞ、うさぎの役」

 お兄ちゃんが優しく言って、まだうさぎの耳のカチューシャがついたままの頭に大きな手が置かれた瞬間、エリサの目からどっと涙が噴き出した。たちまちチャームポイントのパッチリした瞳は本当のうさぎの目みたく真っ赤になった。小一からほぼ毎日一緒にいるけどエリサが泣いたのを見たのはこの時を含めて、ほんの数回しかない。エリサは神経が太くて滅多に泣かない子で、でもその気丈なエリサがみんなの前でわあわあ喚いたのだ。

「どうして来ちゃうのお兄ちゃん、絶対来ないでって言ったのに」

 涙に咽せ、慌てて「どうしたの? 平気?」と寄ってくるあたしや他の女の子にもみくちゃにされ、突然のことにびっくりしているお兄ちゃんを目の前にして、エリサはつっかえつっかえ、そんな意味のことを言った。この騒動にどんなオチがついたのかは忘れてしまったけど、先生が別室で落ち着かせようとしたんだろうか、泣いているエリサの肩を抱いて教室を出て行く映像が頭の隅にぼんやり残ってる。

 エリサはきっと、主役の白雪姫になれたんだってうっかりお兄ちゃんに言ってしまったに違いない。でも実は主役どころか台詞二言だけの脇役だから、絶対来ないでってうさぎ役の自分を見られることを阻止しようとして、けどお兄ちゃんは来てしまった。お兄ちゃんにしてもエリサの頭に手を置いたあの対応は、妹のプライドを慮った精一杯の気遣いだったんだろう。でもそうやって気遣いされること自体、エリサには耐え難かった。

 いつでも、自分をよく見せたいエリサ。劇をやるなら主役じゃないと気が済まないし、うさぎをやってる自分なんて、大好きなお兄ちゃんに絶対見られたくなかったエリサ。この頃から段々、エリサの見栄っ張りはひどくなっていく。そしてそれに我慢しながら一緒にいるあたしは、エリサがいつもちょっとウザかった。