「それだけって、何? 文乃が今あたしのこと見たのに、他に何か意味あんの?」


「わかんないよ。あたしは文乃じゃないし」


 困った顔で口をつぐむ美晴。ややたれ目気味の一重の目があたしから逸らされる。本当はわかってるくせに、言わないって感じの顔だった。


美晴はサバサバしてて明るくてとってもいい子なんだけど、時々こんなふうに自分の言いたいことを誤魔化すようなところがある。加えて平気でこうやって話の腰を折って、空気が読めない。


だからってそこを突っ込んで美晴との仲に波風を立てなくないあたしは、気にしないふりをして続ける。


「あたしが言いたいのはさ。あいつ、自分でなんとかする前に、ひとに助けを求めてるじゃんってこと。それがダメなんだよ。まず自分で頑張れよ。甘えんじゃねえっつーの」


「ほんとそう。文乃はもっと強くなんなきゃね、じゃないとこれから世の中でやってけないよ。大人になって働き出したら、もっと嫌なことがいくらでもあるっていうじゃん」


 世の中のことなんて誰もよく知らないけれど、みんな風花の言葉に条件反射のように頷いてた。文乃を可哀想だとか、助けたいとか、思いたくない。文乃はとことん、いじめらてれもしょうがない、クズみたいな人間ってことにしておくべきなんだ。


「ねぇ、あの人ってさ、障がい者の人と付き合ってるんだよね」


 声をひそめて愛結が言った。あの人、のところで目だけ文乃のほうに向ける。


「え、何それ」


 美晴がたれ目を見開く。いつもあたしと一緒にいる割に、美晴はこういうウワサに疎い。愛結が美晴を見て、ちょっとあきれた顔をした。


「有名な話だよ、一年の河野潤平って人」


「河野潤平って、ああ、ひまわり組の? なんかあの、うまくしゃべれない人だよね?」


 ひまわり組っていうのは校舎の端っこにある障がい者の生徒を集めたクラスで、一年生から三年生まで、車椅子を使う子や耳が聞こえない子とかが集められている。


なかでも河野潤平は、背負っている障害が身体のどこそこが不自由とかじゃなく、頭の障害、つまり知的障害だってことで、普通の生徒たちの間でもよく知られている存在だ。


廊下で奇声を上げたり、どもりがひどくてうまくしゃべれない河野の姿は、同情とも哀れみともつきがたい、なんとも複雑な気持ちを起こさせるから。お調子者の男子たちは河野を馬鹿だのアホだのシンショーだのとからかって、障がい者差別だって先生たちの間で時々問題にもなってるけど、

当の河野は自分が差別されていることにすら気付いていないような顔で……というか実際気付いてないんだと思うけど、四六時中ヘラヘラ笑ってる。


思わず河野のヘラヘラ笑いを思い出しちゃって、不気味なようなイライラするようなそしてちょっと気の毒なような、すごく変な感情が胸を圧迫した。


「えー、文乃が河野と? 嘘でしょ。信じらんない。相手は障がい者だよ?」


「ほんとだよ。わたしも最初は信じてなかったけど、うちのパートの一年生がね、友だちが見たって言ってた。学校の近くに廃墟になってるラブホテル、あるでしょ。放課後、二人が連れ立って、あそこに入ってったんだって。だよね、睦」


 睦がこくこく頷く。同じホルンパートの愛結と睦はいつも一緒で、あたしと美晴みたいにニコイチな関係だ。美晴が怪訝そうに眉を寄せる。