自分より10センチ以上背の高いエリサに見下され、笑いの餌食になっていた文乃は数秒間そのままの姿勢で固まっていて、やがて動き出した。犠牲になった上履きを自分のゲタ箱に突っ込み、代わりにスニーカーを取り出す。何事もなかったような淡々とした仕草。昇降口に歩きかけ、振り返る。怒っても悲しんでもいない、ひたすら暗いだけの瞳がエリサを見てエリサのきれいな顔が引きつった。みんなのクスクス笑いも引っ込んだ。

 文乃の目には目力がある。といっても男の子を惹きつけるパワーを持つ、化粧で武装したエリサの目とは真逆の意味の目力だ。体育館のステージを覆う緞帳みたいに真っ黒で野暮ったい前髪に上半分が隠れてるのに、いや半分隠れているからこそ、やたら存在を主張してくる。

たぶん、普通はこんな目、なかなか学校で見ないからだと思う。まだ十四歳なのに暗くてどんよりしていろんなことを諦めていて、楽しいことなんかいっこもないし、どうせあたしなんかっていじけてる目。

 似たような目を、前に一度見たことがある。ワイドショーのトップで流れた、かつて人気を博したトップ女優が覚せい剤を持っていた罪で逮捕され、警察に連行されていく映像。昔はきれいだったのに見る影もなくやつれてしまった真っ白い顔の上部で、文乃と同じ目がどんより主張していて、テレビの向こうで見ているあたしをぞっとさせた。

 文乃はすぐに前に向き直り、学年イチのグズらしいのろのろした動きで靴を履き、昇降口を出て正門とは反対側へ歩いていった。たぶん裏門から出るんだと思う。エリサがみんなに聞こえる大きさで舌打ちして、露わになった怒りにあたしも明菜たちもびくっとした。きれいなエリサがキレると、本気で怖い。

「なんなのよ、せっかく構ってやってんのにあっさり無視してくれちゃって。文乃のくせに生意気。最後のあの目、何? マジで」
「まぁまぁ、しょうがなくない? あいつ、お腹でも痛かったのかもしんないじゃん。いじめられてるどころじゃなかったんだよ、きっと」

 明菜が苦しいフォローをしてエリサは更にぴきっとこめかみを引きつらせたけど、可愛い唇から今まさに飛び出そうっていう怒りの言葉を遮るように桃子が言った。

「ねぇねぇ、気分直しにクレープ食べに行かない?」
「おっいいね、ちょうど今、ブルーベリーキャンペーンってのやってるしさ」

 和紗が早口で素早く乗っかる。みんなエリサがキレているのをわかっていてなんとか怒り爆発を阻止しよう、話題を逸らせようと必死だ。次々ハイペースで声がかぶさる。

「ブルーベリーキャンペーンって、ブルーベリー系のクレープだらけってこと? あたしブルーベリー嫌いなんだけどー」
「だったら明菜はブルーベリー系頼まなきゃいいじゃん。てか、ブルーベリーの旬って夏じゃん、今は秋の終わりでしょ、時期外れだっつの」
「しょうがないよここ田舎だし、田舎つっても東京だけどさ一応。わたしは何にしようかなぁ、ブルーベリーもいいけどやっぱチョコ系捨てがたいんだよね」
「和紗、チョコ好きすぎっ! チョコ食べ過ぎて太ったら鈴木先輩に嫌われちゃうよー」
「なんでそこで鈴木先輩が出てくるのよ」

 と、和紗が桃子の背中をゴツンとやる。話題はやがてクレープのことから夕べのドラマの批評へと移り、明菜と和紗と桃子、三人だけで会話が進んであたしとエリサは蚊帳の外。エリサの怒り爆発は阻止されたものの、きれいな顔の奥には不満が渦巻いていて、歩きながら手はずっと茶髪をいじくっている。

こういう時、エリサをフォローするのは親友ポジションにあるあたしの仕事だって暗黙の了解があって、割り込みできない空気を作ってしゃべりまくる明菜たちは、うんざりする役目を背負わされたあたしを気遣っちゃくれない。