エリサはちゃんとわかっていた。なんだかんだで、いじめはみんなを喜ばせる。たしかにグループ内でちゃんとした理由もないのに誰かをハブったり、ドラマに出てくるようなやり過ぎのいじめは、周りを引かせて先生に言いつけられちゃうけど、みんなから嫌われてる子をちょっとぐらいいじめたところで残酷な子どもたちは暗い喜びに顔を輝かせるだけだし、自分は弱者をいじめる権利を持ってる強者だってみんなにアピールできる。

 中一の時いじめてた蒼衣って子も、トロくて空気が読めなくてイタい子で、どうしてもみんなから嫌われるタイプだった。他のグループからハブかれてたのをあたしたちで拾ってやり、友だちのフリをしていじめてた。顔が赤いから「アオイじゃなくてアカイ」なんて即物的なあだ名をつけるとか、蒼衣以外のみんなで遊びに行ってその時に買ったおそろいのストラップを、蒼衣の前でこれみよがしにぶら下げたりとか。

さすがにトロくて空気が読めない蒼衣でも自分が新しいグループの中でどういうポジションなのかはちゃんとわかったらしく、そしてあたしたちの想像以上にメンタルの弱い子だったようで、三学期の途中から登校拒否を始め、クラスが分かれ二年生になった今でも学校に来ていない。

 蒼衣が不登校になって、さすがにあたしたちのせいなのかと罪悪感を覚えそうになった。ううん、きっと違う。たしかにあたしやエリサは蒼衣に悪いことをしたけれど、そうなったのは蒼衣のせいだ。たとえあたしたちがいじめなくたって、蒼衣は別の誰かにいじめられてたんだから。

思春期のあたしたちはパッと見ニコニコしていても心の一部は常に尖ってピリピリしている。本当にほんのちょっとしたことがいじめの原因になる。みんなと足並みそろえてやっていけない子、イタい子や暗い子はいじめられたってしょうがない。

 あたしがそう考えているようにエリサも蒼衣の登校拒否の件は別段何とも思ってないようで、最近になってまた新しいターゲットを選び出し、いじめを始めた。ぐずでぼんやりしてて動きもトロい、極めつけにひどくブサイクな文乃は、格好のいじめられっ子だった。

給食の時机をくっつけるのに、文乃のだけ離す。「高橋さーん」と文乃の名字を呼んで、振り返った文乃を「この子自分が呼ばれたって勘違いしてるんだけど」って笑う。上ばきを隠す。ノートに「ブルドックみたいな顔だね(笑)」と落書きする。机の中に画鋲を入れておく……

最初はちっちゃな、たわいないいじめだったのに、エリサも一緒にいじめている明菜や増岡たちも、いじめているうちに「これぐらいなら大丈夫」という感覚が麻痺してきたのか、エリサが言うように文乃からもっと強い反応を引き出したいがためか、このところやり方がだんだんエスカレートしてきて、少し怖い。

 文乃のことはあたしも大嫌いだけど、だからっていじめはいじめ。エリサに手を貸している以上、あたしは立派な加害者だ。いじめられた子が自殺したとかいじめた子が逮捕されたとか。そんなニュースは日々世の中を駆け回っていて、自分がいじめてる負い目からなのかつい真剣に見てしまって、その度嫌な想像を巡らせてしまう。

いつか文乃がいじめを苦に自殺するかもしれない、あたしやエリサの名前を書いた遺書を残して――そしたらあたしはどうなる? お父さんにもお母さんにもお姉ちゃんにも、遠くに住んでいる優しいおばあちゃんおじいちゃんにも怒られる。お母さんなんて、もしかしたら殴ってくるかもしれない。そんな子に育てた覚えはないって。いや怒られるだけで済むわけない。

たしか少年法って、十四歳以上は罪に問えたはず。六月に十四歳になったあたしは法の裁きを受ける年齢なんだ。ニュースで言われてるいじめで逮捕された子って、その後どうなるんだろう。やっぱり少年院とか? 少年院ってどんなところか全然わかんないけど全然わかんないからすっごく怖いし、人生で一番楽しい時を塀の中で過ごすなんて最悪だ。

その後、社会に出てきてからも「あの子、昔ニュースで報道されたいじめっ子じゃない」なんて周りから後ろ指を指されて、結婚も就職もままならないんじゃ……

 あたしはそんなふうに考えて怖くなるし、ロープに首からぶら下がった文乃の姿を瞼の裏にリアルに思い描けるのに、エリサは全然そうじゃないみたいで、それどころか日々よりひどいいじめ方を考えていて、どうしたらいいのかわかんない。これ以上いじめをエスカレートするのは危険だってストレートに伝えたらエリサを怒らせるだけだろうし、だからって他にエリサを止める方法も思いつかなかった。

 あたしはいじめをやめたいいじめっ子だ。