体育の山村先生は、八の字の下がり眉とスポーツマンには不似合いななで肩が特徴的な三十始めの男の先生で、見た目通りいつもニコニコしてて滅多に声を荒げたりしない。加えて水曜日の五時間目の体育は、この後先生が厳しくて席の順にあてられる数学を控えてるから、甘い山村先生が担当する体育は嵐の前の静けさ又は戦闘前の息抜きって感じで、誰も真剣にやろうとしない。

 今日はマット運動。体育館に等間隔でずらっと並べたマットを使って、好きな者同士のグループでみんなわいわい、おしゃべりの合間に腕立て側転や倒立前転を練習している。あたしは当然、エリサ、明菜、和紗、桃子、そしてあたしの五人グループ。床にぺたんと座って輪を作ってるから、冬が日に日に近づいてくるこの時期の寒さがハーフパンツ越しにお尻に染みるけど、一生懸命しゃべってると体温が上がるのか、誰も気にしない。

「えーじゃあ和紗、まだキスしてないのー?」

 夏休みにブリーチしたせいですっかり傷んでしまった長い髪に手ぐしを入れながら明菜が言うと、和紗はちょっとほっぺたを赤くして声が大きいとたしなめる。陸上部の和紗は同じ部の先輩と半年前から付き合ってた。

「してないよ。手は時々繋ぐけど……」
「マジ? 鈴木先輩ヘタレじゃん! あたしなんて付き合って三週間でヤッちゃったよ?」

こういう話は得意分野な桃子は、中二なのに既に処女じゃないっていうツワモノで一目置かれてる。あからさまな言葉に和紗がますます赤くなる。すかさず明菜が純情ちゃあーんとからかった。

「純情ちゃーん、いいねぇ、中学生らしいお付き合いってやつ? 甘酸っぱぁい」
「そう言う明菜だってまだ処女じゃん」

 真っ赤な顔で負け惜しみみたいに言う和紗。しかしディープキスとその「ちょっと先まで」経験済みと公言している明菜は余裕の表情。

「てかさぁ、エリサって中沢くんとどこまでいってるの? もうだいぶ長いよねー?」

 桃子が話題をエリサに移して、グループいちの、いやクラスいちの美少女に注目が集まる。アイロンで巻いた髪をいじくってたエリサが顔を上げ、ちょっと目を見開いてから、いたずらっぽく笑った。

「そういうのは二人だけの秘密だから」
「うわー出た、エリサの”二人だけの秘密”!!」
「秘密ってのが一番怪しいんだよねぇ」
「てか、エリサと中沢くんだもん。ヤッてるの確定じゃね?」

 ちょっとそれどういう意味よーと明菜の肩を突っつきながらエリサはニコニコしてて、三人はくすぐられてるみたいにきゃらきゃら笑ってる。まだ男の子と付き合ったことがなくて、それどころか人を好きになるって感覚自体よくわからないし、みんなに追いつきたいからってそういうことを始める気にもなれないあたしは、このテの話題の時は自然とだんまりになる。

 あたしたちはごく普通のギャルグループだ。見た目がちょっと派手なだけで、夜遊びはしないしエンコーや万引きとは無縁だし、タバコは吸わない。先生にだって無駄にさからったりしないしそこそこうまくやってける。上原さんとことかウマの合わないグループはいてもホンモノの不良みたいにクラスで浮いてるわけでもない。みんな共通して成績はあんまよくないけど、みんな共通してそんなのどうでもいいって思ってる。