とはいえ優等生の上原さんたちの視線は、自分たちの行為が「いじめ」だってこと、大したことないいじめ方だろうがいじめられる文乃に原因があろうが、あたしたちがやってるのは批難されるべきことだって思い知らせてきて、背筋がざわざわする。文乃に悪いとは思わなくても、あたしたちへの非難を内側に込めたしかめっ面は、少しだけ気になった。

大丈夫。みんな正義感をふくらませる一方で本当は文乃なんていじめられても仕方ないって思ってるし、こっちにはあのエリサがついてるんだし。背筋のざわざわを振り払うように、いけーっ! とか、違うそっちそっち! とか、明菜たちに負けじとあたしも騒ぐ。

 あ、と桃子があさってのほうを見やる。何なに? と振り返って、あたしの目はちょっと見開かれる。

 友だち一人いないくせに席を離れて校舎のどこかで時間をつぶしてた文乃が、いつのまにか教室に戻っていた。教室の後ろのドアのとこで、いつもの腐った魚みたいな目を宙に漂わせ、ぼんやりしている。

 文乃に気付いたエリサかサッカーに夢中な増岡たちの間に入っていってゲームをやめさせ、「高橋」ってマジックで書いてある体操着袋を受け取る。文乃に近づいていくエリサは、既に唇の端が意地悪く上がってる。

「高橋さん、ごめーん。今体操着、借りてたぁ」

 エリサを中心に、昼休みの教室にひりひりした空気が広がっていく。肩をつっつきあってニヤニヤしながら楽しそうに文乃を観察する明菜たち、やっぱりニヤニヤ顔の増岡ら男子。さっきあたしたちに向けられていた批難の視線が、ほんのり暗い興奮と緊張感を帯びたものに変わっている。

 たしかにあたしたちはいじめっ子だけど、このクラスの誰にもあたしやエリサをとがめる権利なんてないと思う。文乃にほんのちょびっと同情はしても結局何もしないわけだし、なんだかんだ、いじめを面白がってるんだから。

 エリサから体操着を受け取った文乃は長いいじめられ経験のせいで何か感じるものがあったらしく、すぐに袋の口を開いた。まもなく、中からびっしょり濡れたハーフパンツが引っ張り出される。エリサのわざとらしい声。

「わぁー、高橋さんのハーパン、ひどっ。五時間目体育じゃん、どうするつもりぃ?」

 わーぉ、と小松崎がにやつきながら呟いて、明菜たちがプッと笑いをこらえる。いじめに直接参加しないギャラリーの視線も、温度を上げる。みんなの注目の中心で、文乃は俯いてエリサの横をすうっと通り過ぎて行った。

 あれ、って和紗が声を漏らし、増岡が肩すかしを食らったような顔をする。文乃はとっとと自分の席に歩いて行って、濡れたハーフパンツを抱えたまま蹲る。それだけ。

 もともと、文乃はいじめられても反応が薄かった。ものを隠されたって聞こえよがしに悪口を言われたって、嵐が通り過ぎていくのをじっと待つように俯くだけ。まるで、自分がどうしたっていじめられる存在であることを諦めているように。

 でもここまであからさまにやられても、泣きも怒りもせず黙ってるだけなんて。

 悪い予感がしてエリサのほうを見ると、案の定、エリサのきれいな顔は悔しさ全開で美人が台無しになっていた。みんなの前ではあんまり感情を露骨に出さないエリサだけど、マスカラとアイラインで縁取られた目には今、文乃への憎しみが煮えたぎっている。