今日からテスト休みで、部活はなし。チャイムに追い立てられるようにしてさっさと下校するけれど、どうせ帰っても勉強なんてろくにしないと思う。部活やら宿題やら忙しい毎日の中では勉強しなきゃって気持ちが働くのに、逆にさぁどうぞ勉強して下さいむしろ他のことはやんないで下さいって感じで、時間ばっかりたっぷり与えられても、やる気って不思議と出ないものだ。

 それでなくても、今日はとても勉強の気分じゃない。

「にしても今朝のはびっくりしたなぁ」

 郁子と美織と潮美と、四人で校門を出て歩きながら、潮美が感心したように言う。今日一日何度も繰り返された話題が、また飽きもせず蒸し返される。

「まさか犬のウンコとはね。周防さん、ああいういじめ方はしないって思ってた」

 クールに言い放つのは郁子。隣で美織がツインテールを揺らして頷いてる。

「ほんとほんと。あれじゃあまるで、ドラマだよ。一瞬、教室じゅう固まってたもん」

「周防さん、いじめがすっかり楽しくなっちゃってるよね。どこまでやったらセーフかって、わかんなくなってんだと思う」

 言えてるー! と、潮美が郁子に同意する。芸能人の話をする時のようなテンション、あくまで他人事と割り切った空気感。言いたいことがないわけじゃないのに、わたしは黙って三人の話を聞くだけ。話題はやがて周防さんへの冷静な批判に移っていく。

「今日のは失敗したね、周防さん。明菜や和紗もドン引いてたし」
「明日から誰も、周防さんの言うこと聞かなくなるよ。女王様の地位転落ってこと」
「おごれる者は久しからずってやつか。ほんと、悪いことって自分に返ってくんだねー」

 みんなの話を聞きながら、魔法が解けたような気持ちだった。周防さんを怖がっていたのは、美人で大人っぽいあの人を見上げていたのはわたしだけで、他の人にとっては周防さんの存在なんてそれほどのものだったってこと、周防さんは見た目が派手なだけで実は特別な人とかじゃなかったってこと、そういうのがはっきりしたから。

 「いいグループ」と「悪いグループ」……そんなことを考えていたのは実はわたしだけで、みんなは大して気にしてなかったのかもしれない。

 何が面白いのかきゃらきゃら笑ってる潮美と美織を振り向き、一歩前を歩く郁子が言う。

「ちょうどいいよ。これでいじめも解決じゃない?」
「だねー、これにて一件落着!」

 潮美がおどけて言って、また高い笑い声が空気を震わした。
 解決って言うんだろうか。本当にこれで、すべて終わったんだろうか。いじめる人がいじめなくなったら、それで解決? これですべて終了?

 いじめられなくなったって、きっと明日もあさっても文乃はあのどんよりした目のままで、昔みたいに笑えるようになるわけじゃない。

 二分くらい歩いて、郁子たちと別れた。ここから三人とは家の方向が別になる。一人でてくてく足を動かしているとまもなく右手に雑木林が現れる。左手は農家。春や夏はキャベツや葱がずらりと畑に並んでいたけれど、冬が近づいた今は乾いた土が寂しく広がってるだけ。雑木林を抱くようにしてこんもり小高い山があって、紅葉があるのか山のお腹らへんが赤く染まっていた。