「希重さあ、ああいう時向こうのペースにつりこまれちゃだめだって。今忙しいから、とか言ってさっさと逃げてきちゃえばいいんだよ。犬飼さんと仲良くする気、ないんでしょ?」


 叱られた子どもみたいに、うなだれながら首を振った。


 なんで犬飼さんがこんなに女子に煙たがられているかっていったら、最近の犬飼さんがとにかくウザくて情けなくて痛々しいからだ。市井さんや谷本さんといた時はそういう人じゃなかったのに、一人でいると思春期の女の子は急に弱くなるみたい。


 もちろん一人でいる犬飼さんをかわいそうだとは思う。あんなふうに必死になる気持ちがわからないわけじゃない。でもだからこそみんな、犬飼さんを遠ざけたいんだ。誰もが持っている、だけど目を逸らしておきたい部分を取り出して濃縮したのが今の犬飼さんだから。


「犬飼さんさぁ、今誰といるの?」


 郁子が渋い顔で言って、潮美が犬飼さんの実験台を見やる。


「高橋さんだね。あとは先生」

「完全なあぶれ者グループだね」


 美織が薄い苦笑を添えて言う。


 いじめられっ子と先生と、一緒のグループで実験だなんて。犬飼さんにとってはこれ以上プライドに堪えることなんてないだろう。潮美がまた声をひそめた。


「そもそもさぁ、犬飼さん、なんであんなことになっちやったの? ついこの前まで風花たちとかとさんざんつるんでたじゃん」

「吹奏楽部の友だちが言ってたよ、なんか部活でウザいからってハブかれてるって。いやわたしも、詳しいことわかんないけど」


 美織が自信なさそうに付け足す。でもなるほどそれが真実のすべてなんだろう。ウザいからハブかれる、わたしたちの世界ではいじめられるのに十分な理由だ。


「そっかぁ。犬飼さん、クラスでも吹奏楽部のグループだもんね」

「吹奏楽部ってなんか、怖くない? 去年もなんかあったみたいだし。こういう、いじめみたいなの」

「まぁしょうがなくない? 自業自得でしょ? 犬飼さん、ちょっとキツいとこあるしさ」


 潮美が冷やかに言って、美織がまぁね、と頷いた。


 自業自得、かもしれない。大抵、いじめられる子っていじめられる原因を持ってる。何も原因がなかったらいじめられたりハブかれたりしない。犬飼さんがキツい性格じゃなかったら、文乃が明るかったら、二人ともあぶれ者のグループなんかで実験しなくてすんだのに。


 でも、じゃあ、いじめられる原因を持ってたらいじめていいんだろうか。
 いじめる側に、いじめを放置してる側に、本当に問題はないんだろうか。


 ある程度のいじめってしょうがないしどうしたって起こるもんだし、いじめられる側にも悪いところはあると思う。でもその論理って、いじめの責任から目を逸らしているからこそ、自分は悪くないと思いたいからこそ出てくるような気もして。


 いじめたりハブったり、悪いことかっていったら悪いことなんだ。いくらいじめられるほうがウザくても、性格がキツくても、暗くても可愛くなくてもキモくても。


 正しいことはいつもちゃんとわかってる。でも正しい行動を取ることは難しい。本当に。


「うっわーエリサやめてよ、それってセクハラ! いやー磁石つめたっ」


 うるさい声が聞こえてきて振り返ると、案の定周防さんたちだった。周防さんがU字磁石を三川さんの太ももに近づけていて、みんなでセクハラだなんだと盛り上がっている。実験のグループは四人グループだから五人の周防さんたちは一人余っちゃって、横井さんだけ増岡くんたち男子のグループに入ってるけど、隣同士の実験台に陣取ったものだから、結局休み時間みたいに八人で大騒ぎになってる。