「そうそう、この前久しぶりに、文乃ちゃんのお母さんに会ったのよー」


 お母さんがお父さんのお茶碗におかわりをよそいながら言う。文乃の名前を聞くだけで、少しドキッとしてしまう。


 あれほど仲が良かったうちのお母さんと文乃のお母さんも、引っ越し以来疎遠になっていた。といっても二人はわたしと文乃みたいに、気まずいわけではないみたい。年賀状のやり取りだってしてるし、PTAの会議とかで顔を合わせれば立ち話ぐらいはする仲。


「どうだった? 文乃のお母さん」


 話題が文乃のほうに行かないように文乃のお母さんに話を持っていく。お母さんはわたしが頬を強張らせてることになんか気づかないゆったりした口調で答える。


「うん、元気だったわよー。やっぱり仕事してる人は、違うわねぇ。あの人、お母さんより二つ年上なのよ。なのにお母さんよりずっと、若々しくてきれいで」

「仕事だったらお母さんだってしてるじゃない」

「仕事っていっても、お母さんはスーパーの惣菜売り場だから。文乃ちゃんのお母さんは、ファッション雑誌の編集長だもの。すごいわよねぇ」


 羨望を含んだお母さんの声に、魚の小骨が喉に引っかかるような心地の悪さを覚えた。


 古い記憶の中にある、文乃のお母さんの姿を思い出す。たしかに文乃のお母さんは小さい頃のわたしから見てもばりばり働くキャリアウーマンで恰好良くて、普通のおばさんを絵に描いたようなうちのお母さんより、ずっと若々しくて素敵だった。


 でも、あの人は、自分の娘が学校でいじめられてることを知ってるんだろうか。知らないんだろうか。知っていて何もしないんだろうか。知っていて何もできないんだろうか。


 別に文乃がいじめられるのが文乃のお母さんのせいってわけじゃないけれど、自分の子どもがいじめられてるのに何もしない・できない親って、いい親とは言えないと思う。


「文乃ちゃん、今、同じクラスなんでしょう。たまにはうち、連れてきなさいよ」


 お母さんがそんなことを言い出すので本気で慌てた。話がこういう方向に行くことをさっきから恐れてたんだ。お父さんまで言う。


「うん、それがいい。希重が小さい時は、よくうちで一緒に遊んでたしな」

「無理だから、そんなの」


 ついムキになって、声が強くなる。お母さんが顔色を変えて、しまったと思った。


「無理って、どうしてよ」