自分のマットに戻ると美織が倒立の恰好になって、潮美が右から、左から山村先生が小柄な体を支えていた。倒立が苦手な美織はきゃあー地球がひっくり返ってるぅーとか悲鳴を上げてて、でも楽しそう。マットの脇に立った郁子はがんばれーと声をかけていて、戻ってきたわたしに気付くとちらっと目配せし、美織たちに視線を戻しながらしゃべる。


「希重、最近元気ないよねぇ」

「え」

「わかるよー、そりゃ。親友だもん」


親友なんてクサい言葉、郁子はためらいなく言う。たしかにわたしと郁子はテニス部で一緒でクラスも一年の頃から一緒で、中学に入ってから誰より一番この郁子と話してる。けどそれだけで「親友」になっちゃっていいのか、正直自信がなかった。しっかり者で勉強が出来てクラスの中心的な存在の郁子とわたしとじゃ、親友にしては釣り合わない気がして。


「なんか、あった?」


郁子は先生の噂話とか夕べのドラマのこととかを話す時のような口ぶりで、かるーく言った。その軽さこそが郁子の優しさで、かえって何も言えなくなる。郁子が続ける。


「別にいいけどさ、話したくなかったから。でも話したくなったら、話してよ」

「……ありがとう」


どういたしまして、と郁子がおどけて言う。一瞬だけ目頭が熱くなった。郁子が大好きだから郁子が親友だから、だからこそ文乃のことは絶対言えない。だって文乃のことを話すってことは、わたしがどれだけ汚くてズルい人間かを話すってことになる。大好きな親友だからこそ汚いところなんて知られたくないし、よく思われたい。いつまでも親友でいるために。